ケルン大聖堂は、完成まで600年かかった(資金難でおよそ200年の中断がある)。中世ゴシックの大聖堂はいくつか訪れているが、ケルンはすさまじい大きさだ。高さでいえばほかにもより高い大聖堂もあるようだが、その広さがはんぱでない。そして美しい。
大聖堂の要素は美さに尽きる。シャルトル大聖堂が高さでも建延でもなく、600年後の現代の私たちを惹きつけるのは、その美しさ故である。ケルンの美しさは大きさである。中世ゴシックの大聖堂の建築技術は、高さを求める過程で飛躍的に伸びた。高さを支えるため、聖堂の外側に補強の外枠を編み出した(フライングバットレス)。この言わば余計な補強材が美しい。そびえる聖堂に無数の骨組み。それは計算されつくした構造建築の粋を極めながら、まるで骨組み自体が現代の高度な、それでいて最先端のアートシーンになっているかのようだ。工場萌えの様相でさえある。ケルン大聖堂はその規模ゆえ周囲をぐるりと回るにも時間を要する。だから大きさに味があるのだ。
ケルンはドイツ中西部最大の観光地である。ベルギーからの訪問客も多い。しかしケルンは大聖堂だけではない。応用工芸博物館はデザインの歴史が時代を追って見られる。デザインというより工芸、オーナメンツの極致だろう。ドイツ手工芸の歴史をたどれば。その極致・巧緻を見せつけるのが「中世最後の彫刻家」リーメンシュナイダーである。
実は、応用工芸博物館という観光客はほとんど訪れないマイナーな場所にリーメンシュナイダーの作品があることを教えてくださったのは、日本でのリーメンシュナイダー紹介の第一人者である福田緑さんである。福田さんはリーメンシュナイダーの作品紹介の著書をすでに2冊出版されていらっしゃる(『祈りの彫刻 リーメンシュナイダーを歩く』2008.12『続・祈りの彫刻 リーメンシュナイダーを歩く』2013.1いずれも丸善プラネット)。著書ではおもに作品個々の紹介に重きをおかれていて、その画像、作品データともこれから訪れる者にとても貴重な情報源となっている。
応用工芸博物館にあるリーメンシュナイダーの「聖母子」は1495年頃の作品とあって、リーメンシュナイダーが比較的若い頃のもので、16世紀、円熟味が増したそれらの峻厳さには及ばない。しかし、リーメンシュナイダー特有の虚ろでいてしっかりした聖母の眼(まなこ)は健在である。「しっかりした」と記したが、リーメンシュナイダー作がすぐにわかるのはある意味、その彫像のまなざしである(と思う)。美術館に着く。中世彫刻の部屋にたどり着く。探す。すぐに分かる。リーメンシュナイダーの彫りは。あああれだと。それはその眼が示しているからだ。
ケルンはドイツ中西部随一の観光地で観光客も多い。駅前には警察車両が詰めていて、アジア系と分かる自分は申し訳ないが、アラブ系の人はしょっちゅう身分証明を求められている。駅前の大聖堂界隈では、警察官に出くわすが、ちょっと歩くとそうでもない。応用工芸博物館を出てコロンバ美術館、ヴァルラーフ・リヒャルツ美術館に向かう。WRは、中世から近代までそろう大きな美術館。印象派のカイユボットの作品が数点もあるのには驚いた。重いのに図録を購入してしまった。ケルン大聖堂の500段の塔に登ったこともあり、かなり疲れていたが、時間が許す限りと大聖堂裏手のルートヴィヒ美術館にもおじゃました。こちらはルイーズやロスコなど抽象表現主義が集まりうれしくなった。ケルンは、リーメンシュナイダーから戦後美術まで堪能できる。(リーメンシュナイダー「聖母子」部分)