佐伯夏子のような女性がこんなに多くいるものだなあ、と感慨深かった。というのは冗談だが、佐伯夏子はあの日本酒造りを描いた名漫画「夏子の酒」の主人公である。夏子は幼い頃から蔵に出入りし、天性の(酒)利き能力を持つ。東京の広告会社に就職するが、蔵の後を継ぐはずだった兄が急逝し、新潟の家に戻る。そこで兄が再生しようとしていた戦前の幻の酒米「龍錦」を見つけ、酒造りにのめり込んでいく。これでは「夏子の酒」の宣伝ブログになってしまう。
「カンパイ!日本酒に恋した女たち」は、小西未来監督の前作「カンパイ!世界が恋する日本酒」(日本酒の深さと造り人の広がりに「カンパイ!世界が恋する日本酒」https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/7b1c2489efcf5fa59028c035283cf899)の続編である。本作で取り上げるのは前作と同じ3人。広島の小さな造り酒屋今田酒造の代表取締役にして杜氏の今田美穂、東京の日本酒バーで料理との「ペアリング」を常に目指す唎酒師千葉麻里絵、そしてニュージランド出身で日本酒ソムリエの資格を持ち、国内外に日本酒の魅力を伝道するレベッカ・ウィルソンライ。女性杜氏も今では複数存在するが今田美穂はその先駆けという。映画に登場する元『dancyu』副編集長の神吉佳奈子は言う。「(蔵が)女人禁制だった理由は、(縁起や穢れといった理由より)重労働だったことと、出稼ぎの蔵人が半年間集団で寝泊まりするため、女性がいると不都合だった」ためで、近代化、機械化した中でもう女性が酒造りをすることに違和感はないと。そうはいっても重労働である。今田杜氏は朝4時とかに蔵に入る。今田さんは「結婚や(異性との)付き合いなど考えたこともない」と言うが、そのような女性しかつとまらないのであれば、まだ女性にとってはハードルの高い職場と言えるだろう。でも、シェフとかパテシエとか職人を目指す職場というのはそういうもので、労働条件がイコールブラックかどうか、やりがいの搾取かどうか側から判断するのは難しい。
千葉さんもレベッカさんもそこに至るまでの勤勉・労苦は計り知れない。好きでだから、お酒を愛しているからでないとできないだろう。3人とも言わば日本酒「道」の求道者である。しかしそこには不思議と禁欲的であるとかの悲壮感は感じられない。ああそうか、何らかの道を極めることが男にだけ求められていた時代、蔵に女性が出入りできなかった時代、に思い浮かぶような求道者像は男のそれであったのだ。ここにも筆者自身のジェンダーバイアスが介在している。禁欲的、世捨て人のような求道者もあっていい。しかし、それは当然ジェンダーとは無関係であり、だからこそ楽しく、もちろん厳しく道を極める彼女らの姿がある。千葉さんは、お酒だけを楽しむ世界から、料理にあったお酒を、あるいはその反対をいくお酒の供し方、料理のもてなし方を模索する。今田さんは広島の地元に埋もれていた育てにくい酒米を復活させ、YK35(原料の酒米には山田錦を使い(Y)、『香露』で知られる熊本県酒造研究所で分離されたきょうかい9号(K)という酵母を使い、精米歩合を35%まで高めれば(35)、良い酒ができて鑑評会でも金賞が取れる、とした公式めいた語をさす。=ウィキペディア)を脱皮した、「公式」にとらわれない新しいお酒がどんどん生み出されているが、今田さんのお酒はまさにそれである。レベッカさんは日本酒の可能性を世界に広げようと飛び回る。現在世界でもっとも人気のある日本人アーティストの一人、村上隆と酒蔵をコラボさせるなど貪欲にも見えるが、村上隆の戦略も見逃せない。がここはそれはひとまず置いておこう。
政権与党の「女性活躍社会」に最も白けたのは当の働く女性たちであったという。女性が普通に働くことを「活躍」と絶対見なさなかった、あるいは、女性だからというだけで「活躍」を求める欺瞞性を見抜いていたからに他ならない。そして街角で必要性もなく性別を聞いた番組が謝罪に追い込まれるなど(その良し悪しはさておき)、今や性はたった2種類と捉えること自体が時代錯誤かもしれない。
しかし本作で言えば、やはり、お酒に魅せられ、その魅力を広めようとする女性たちの姿は素敵だ。