ここのところ気温が高いので「何を着たらいいか」と悩んでいる人が多いようだ
10月は袷を着るとか6月から単衣とか
これって明治5年にできた軍服や制服の衣服例の「衣替え」。それを着物に当てはめたのであって、無謀というもの
特に戦後はどうしてだろうと思うくらい「衣替え」に厳しくなっていた
それなのに「季節の先取り」という習慣は見事に薄れていっている
何を大事にするかは「自分自身の体感」ではないかしら
熱くてムシムシしているのに袷を着るなんて拷問。20度を切らないと袷の着物は肌に合わないと思う
日本はそういう問題をクリアするために様々な生地の種類があるというよりあった
真夏の熱気に耐えるには麻の素材が望ましい
しかし年齢とともに麻を直接肌につけるより絹の下着のほうが体が喜ぶ
若いときは麻の下着のほうが快感、年とともに今度は冷えすぎる、絹の方が心地よい
きものが日常であった日本の女性たちはいかに心地よく着物を着るかに心を使った
模様や素材で着物のの四季を楽しんだが、それは一般ではなく着物姿を見てもらう人たち
つまり上流階級や中流の人たちのよそ行き着、花柳界の人たちがそれぞれの四季の柄や素材の着物を身に着けていた
庶民の女性たちも「ここ一番」というときは季節を重要視している
着物は戦後になって秩序が乱れた
食べ物が乏しい戦後、正装用の着物はお米に変えられた、その正装用の着物の着付けが着付け教室で教えられ、その着物の捉え方が今日まで続いている。
つまり
日常に着る着物の着方が普及したのではなく、正装としてのきちんとした着物の着方が本流となったのだ
それを最初に教えた人たちは上流階級の戦争未亡人であったり、貴族制度を廃止され平民になった元姫君だったりした
そこをしっかり把握しないと季節にあった着物の着方なんてできない
心地よさは自分だけではなく周囲の目にもも心地よくなくてはならない
ちなみの本日のチャコちゃん先生
気温25度しかし秋の風
下着、長襦袢は夏物 表の着物は結城縮 帯は秋草撫子の手描き、素材は塩瀬、形は名古屋帯、帯揚、帯締めは冬物
汗もかかず、寒くもなく快適
自分自身の心地よさをまず考えたいこの頃の季節
#撫子の名古屋帯 #衣替え #チャコちゃん先生 #日常着の着物 #結城縮
しなければいけないことが山積みなのに、1日30分はYouTubeでシャンシャンを見ている。可愛いというのは言わずもがな、どうしてこんなに引きつけられるのか、自分だけの思いの中に生きているからだと思う
赤ちゃんと一緒、泣きたい時に泣きおなが空いたら後先考えず食べることに集中
パンダは生まれた時からもう自分の足で歩く、日々大きくなり1日の半分は寝て過ごして、くっちゃあ遊ぶ、遊びも自分で工夫している、しかも体が柔らかくボールのように動き回っている、かと思うと天を見て思索にふける。
天敵カラスとの攻防も面白いが、いつのまにかカラスを仲間にして一緒に遊ぶ関係に持っていく、カラスが面食らっているのだが、全部受け入れられたらもう突いたりするのが面白くなく近寄らなくなっている。
これって人間にも言える、いやなやつと思うと争いたくなるが,一緒に遊ぼうとなるとお仲間だ。受け入れるということをやっている。凄いよ凄い
姿が可愛いだけでなく頭も性格もいい。実は人間が入っている縫いぐるみなのかしらと思ってしまう
シャンシャンは母親といるときの様子も見ることができるが母親シンシンのたっぷりと注ぐ愛に見惚れる。母性の美しさを見る。ここまで愛されたら独り立ちもスッキリ行くだろうと思うとその通りだ
母と子の愛の深さが全てを決定する
胎児の時は母を独り占め、生まれるとお母さんは諸々仕事があり子供から心が離れる。そのさみしさが心に隙間を作り、その隙間が埋まらないまま大人になると外側のもので埋めようとしてしまう
色んな問題はその母の愛が解決するとしんしんに教わった。
深くて熱い愛そこに父親は必要ない(笑)父はひたすら稼げば良い。
昔のお母さんはうざったいと思われようが子供に愛を注いでいた
パンダの親子を見ていてつくづく母の愛の大切さを知った。溢れる愛に満たされたシャンシャンは、カラスとも争わず自分の楽しみに生きていて、ただ存在しているだけで人を癒している
今日もまたこれから楽しむのだ