万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

USスチール買収問題で交渉すべきは‘有事の鉄鋼供給’では?

2025年01月09日 10時46分38秒 | 国際政治
 日本製鉄によるUSスチールの買収については、鉄が所謂‘戦略物資’であり、かつ、鉄鉱石の調達にはじまる生産、供給。運搬能力が戦争の行方をも左右することから、相当なる政治、否、安全保障上の問題であることが理解されます。アメリカが、全米で2位のシェアを占めるUSスチール社を手放したくない理由は、アメリカの軍事力とも直結するからなのでしょう。グローバリズムの問題に進む前に、本日は、有事における鉄鋼供給の問題について述べておきたいと思います。

 たとえ戦場における戦闘において自軍が勝利を収めたとしても、戦争自体には敗北するというケースは珍しくはありません。兵站が途切れてしまったり、兵器等を製造する能力が乏しい、あるいは、原材料が入手不可となったり、破壊されてしまいますと、敗戦は必至となります。人が生きるのに必要な食料の確保とその供給も含めて、戦争には、それを支える物資の調達・供給体制の構築を要するのです。第二次世界大戦における日本国の敗北も、これらの要因に負うところが大きいことは認めざるを得ません。‘無謀な戦争’もまさに、戦争遂行に不可欠となる物資の不足が予測されながら、これを無視した当時の為政者に対して投げかけられた批判の言葉でもあります。仮に、戦争というものを想定しているならば、先ずもって、必要物資の調達、生産、供給、運搬手段等については万全に整えておくべきであり、多少の寸断や破壊にも耐えうる体制を準備しておく必要がありましょう。

 かくして、戦争とは、良しにつけ、悪しきにつけ、戦争を支える戦時体制の構築をも伴うものなのですが(戦時体制とは、大概は軍需に物資を優先的に供給する統制経済になってしまう・・・)、同盟関係にありながらも、日米両国とも、国家安全保障を根拠として自国の製鉄企業の海外企業への売却を相互によしとしないならば、同盟国として日本国政府が進めるべきは、有事に際しての製鉄分野における日米二国間の協力に関する協議なのではないでしょうか。仮に、中国を‘仮想敵国’と想定するならば、この必要性は、中国の粗鋼生産力を見れば、一目瞭然です。生産量、価格、並びにその品質において圧倒的な競争力を付け、世界市場のシェアで上位を占める中国の製鉄企業群の生産力は、そのまま、中国の軍事力として理解されるからです。もはや、日本一国では、中国に太刀打ちできないことは明白です。粗鋼市場のシェアで世界第一位となる中国の宝鋼集団は国有企業ですので、戦時体制の準備という側面から見ますと、‘集中’の進む中国の方が余程先んじているのです。

 その一方で、マスメディアは、1月6日の年頭記者会見に臨んだ石破茂首相が「なぜ『安全保障の懸念』があるのかは、きちんと述べてもらわないと話にならない」と述べ、バイデン大統領によるUSスチールの買収禁止令を批判したと報じています。しかしながら、石破首相が‘軍事オタク’であればこそ、戦時における鉄鋼生産の重要性は理解に難くないはずです。むしろ、日本製鉄によるUSスチール買収を禁じるアメリカの方針を受け入れる一方で(ただし、日本製鉄は、違約金の支払い義務については司法の場に訴えても争うべき・・・)、有事に際しては、日本国における物資不足を解消すべく、アメリカ側からの継続的な供給の確約を求める方が、対中政策としては遥かに建設的であり、両国の安全保障に寄与することとなりましょう。

 ただし、ここであり得る重大なリスクとして考慮に入れるべきは、水面下における世界権力による第三次世界大戦シナリオの存在です。日米間における戦時協力体制の強化は、世界を対立する二大陣営に分け、人類を世界大戦に誘導したい勢力にとりましては‘思う壺’となりかねないからです(シナリオを一歩進めることに・・・)。もっとも、協力メカニズムの発動を有事にのみに厳密に限定すれば、日米間にあって戦時に物資を融通するための協力体制の構築は安全装置の一環と位置づけられ、対中抑止力として作用するかも知れません。日本企業によるアメリカ企業の買収という形ではなく、有事に際してのみ、両国間における物資調達協力メカニズムが発動するように準備しておくのです。政界であれ、経済界であれ、日本国側にあって世界権力、並びに、中国勢力の浸透が強く観察されますので(もちろん、アメリカにも浸透している・・・)、日本製鉄によるUSスチールの買収によって、日米ともに鉄鋼生産が超国家勢力のコントロール下に置かれてしまうリスクは当面は回避されるのです。

 また、第三次世界大戦シナリオの有無に拘わらず、グローバリストが握る巨大なる戦争利権の存在は、日本国側にさらなるリスクを意識させます。2兆円規模とされる買収資金を日本製鉄の自己資金で賄えるとは思えず、その背後には、金融勢力としての世界権力が背後で糸を引いている可能性もありましょう。そして、最悪の場合には、日本製鉄は、アメリカの原子力子会社であるウエスチングハウスの買収で巨額の損失を被り、結局、‘白物’事業を中国の美的集団に売却した東芝と同じ道を歩むかも知れません。最後に笑うのは、一体、誰なのでしょうか?日本製鉄によるUSスチールの買収については、先の先を読んだ対応が必要なのではないかと思うのです(つづく)。

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