万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

USスチール買収措置が提起するグローバリズムの問題

2025年01月06日 10時14分30秒 | 国際経済
 新年を迎え、お正月の行事に賑わう1月3日、アメリカのジョー・バイデン大統領は、日本製鉄によるUSスチールの買収を禁じる大統領命令を発しました。2兆円規模とされる同買収案は、2023年12月に日本製鉄側が提案しており、同年4月には、USスチール側も臨時株主総会で同案を承認しています。両者合意の上の友好的買収ですので、同案の実現には然程の障害はないようにも見えたのですが、USスチールが粗鋼の世界市場では24位でありながらも、全米では第2位のシェアを誇るアメリカを代表する大手製鉄企業であったため、様々な方面から反対の声が上がることとなにもなったのです。

 先ずもって同案に反対したのが、USスチールの労働者も加盟する全米鉄鋼労働組合 (USW)です。通常、企業買収に伴って大規模なリストラが実施されますので、USスチール社を筆頭に鉄鋼事業に従事している人々が反対するのは理解に難くありません。USスチール側に対しては、日本製鉄側は雇用の維持や雇用創出効果を伴う27億ドルの投資を約束し、USスチールの取締役の過半数も米国籍とするなどの対応を示してきたものの、USWの反対姿勢は今日まで維持されています。そして、買収案が公表された時期がまさしく大統領選挙の最中であったため、USスチールの買収問題は、保守色を強める世論を巻き込む形で大統領選挙の争点として政治問題化していったのです。

 最初に同買収案に対して反対を表明したのは、かねてより保護主義を基本方針としてきたドナルド・トランプ次期大統領でした。今般の大統領命令の丁度1年前に当たる2024年1月3日には、有権者を前にして「「私は即座に阻止する。絶対にだ」と息巻いています。ところが、伝統的に労働者を支持基盤としつつも、民主党離れが顕著となってきた労働票の取り込みを狙ってか、2024年4月には、大統領の座を争うバイデン大統領も反対姿勢に転じます。この時点で、両政党の候補とも、世論の後押しを受けて日本製鉄による自国企業の買収阻止で足並みを揃えることとなるのです(民主党の候補者がカマラ・ハリスに交代した後も同方針は維持・・・)。

 アメリカでは、たとえ企業間の合意が成立したとしても、海外の企業がアメリカ企業を買収する場合には、法律上の手続きとして対米外国投資委員会による厳正なる審査(CFIUS)を経るものとされています。しかしながら、今回のケースでは、突然の大統領命令の発令という形で買収が禁じられています。上述した日本製鉄側のUSスチールに対する対応も、CFIUSから示された懸念を解消するための措置でもありました。大統領命令の発令に際してCFIUSの審査がどれほど関与したかも不明であり、手続き上の瑕疵がある可能性があります。このため、買収禁止命令を受けた日本製鉄側は、「米国憲法上の適正手続き及び対米外国投資委員会を規律する法令に明らかに違反」として、アメリカ政府を相手取った提訴をも視野に入れています。また、同大統領令によって買収がお流れになりますと、巨額の違約金が発生する可能性があり、日本製鉄側としては、法廷を舞台に‘徹底抗戦’の構えを見せているのです。

 以上に、簡単に日本製鉄によるUSスチール買収案に関する経緯を述べてきましたが、日本国内の反応を見ますと、今般の大統領命令による買収禁止については落胆と憤慨が入り交じったような見解が多数を占めているように思えます。批判の理由としては、政治的なものと、経済的なものとに凡そ二分されます。政治的な批判とは、主としてバイデン大統領が、安全保障上の懸念を理由として日本企業による買収を禁じたことによるものです。その一方で、経済的な側面からは、マネーが自由に国境を越える時代にあって、政府が海外企業の買収を禁じるのはグローバル・ルールに反するとする声が上がっているのです。グローバル時代にはあるまじき海外企業に対する‘差別’として。

 日本企業によるアメリカ企業の買収案がアメリカ政府によって阻止されたのですから、日本国政府や日本国民が不快に感じるのも理解の範囲に入ります。しかしながら、より客観的、かつ、冷静な視点からしますと、この問題、グローバリズムの欺瞞と限界、あるいは、虚像を暴いているようにも思えます。本ブログの新年は、国家とグローバリズムの問題について掘り下げることから始めてみたいと思います(つづく)。

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