万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

医療保険制度が蝕まれる理由

2025年01月22日 12時14分10秒 | 日本経済
 近年、日本国内に住所をもつ中国人の人口が増加するにつれ、国民が深く懸念する事態が生じています。マスメディア等でも取り上げられてきたのですが、それは、医療保険の利用を目的とした中国人の日本国への移住です。この問題は、2012年に、原則として3ヶ月以上に日本国に滞在する予定の外国人に対して、日本国の社会保険への加入を義務付けたことから始まります。義務づけという言葉に惑わされがちですが、同改正は、住民基本台帳に登録されている外国籍の人であれば、日本国の各種社会保険制度に加入し、これを利用することができることを意味します。

 このような問題が生じるのですから、現行の医療保険制度には、何か盲点があるはずです。先ずもって、日本国政府は、公的年金制度と医療保険制度の両者を基本的に社会保険として一括りに扱っているようです。「106万円の壁問題」で知られるように、年金と健康保険の加入要件はほぼ同一です。しかしながら、一方は老齢年金、もう一方は医療保険ですので、その目的もリスク・カバーの仕組みも著しく違っています。民間の金融機関では両者は明確に区別されており、本来、別物として考えるべき制度のように思えます。

 特に公的医療保険制度が狙われ、外国人によって‘フリー・ライドされてしまう理由としては、同制度は、公的年金制度よりも受益と負担のバランスが崩れやすい点を挙げることができましょう。年金制度の場合には、基本的には加入者本人が保険料を積立て、それに見合った年金が給付されます。納付期間や納付額が給付額に比例的に反映されるため、比例平等の原則を一先ずは保たれています。日本国の厚生年金に至っては、加入期間が僅か1ヶ月であっても、受給資格を満たす年齢に達しますと、その納付額は厚生年金分として支給されます(国民年金は、後述するように受給資格を得るには10年以上の加入が必要)。

 一方、医療保険制度は、必ずしも受益と負担が均衡するわけではありません。当然と言えば当然のことなのですが、医療費の負担が軽減されるのは、治療の必要な病気や怪我をした人のみです。このため、軽い風邪で受診した人と高額の先端医療を要した人とでは、同制度の受益の部分にあって雲泥の差が生じます。同制度では、加入者にあって受益格差が著しいのです。しかも、公的医療保険となりますと、上述したように外国人であっても日本国内に住所があれば、誰でも加入することができます。民間の保険会社ですと、病歴や年齢等が厳しくチェックされ、リスク面からの厳格な審査を通らなければ加入契約を結ぶことが出来ません(一定年齢以上の高齢者は加入対象から外されてしまう・・・)。将来の支給額が実際の納付額よりも上回ると判断される保険契約は徹底的に回避されるのです(精緻な確率計算が行なわれている・・・)。ところが、公的医療制度では、こうした病歴や健康状態のチェックはありませんし、高齢者でも加入できます。民間保険会社とは真逆なのです。

 おそらく、かくも加入に寛容であるのは、公的医療制度には、国民間の相互扶助の精神、並びに、国民が生涯に亘って日本国内に居住するものとする‘国民モデル’があるからなのでしょう。確かに、これらの前提に基づけば、同制度は国民にとりましては医療費負担のリスクを軽減する助け合いの制度です。しかしながら、日本国政府の移民受け入れ政策への転換もあって、外国人人口が増加する今日、同制度は、低コストで質の高い治療を受けたい外国人の目には、好都合な制度に映ることは理解に難くありません(なお、2020年から、外国に居住する被扶養者については適用から外している・・・)。僅かな加入期間でも、深刻な持病があったとしても、そして、高齢であったとしても、高額の医療費を賄ってもられるからです。実際に、日本国の公的医療保険制度に‘フリー・ライド’するために、日本国に移住する中国人も少なくありません(違法行為はないものの、‘確信犯’という意味では倫理において問題がある・・)。

 外国人による医療保険制度の利用がたとえ合法的な行為であったとしても、日本国民から見ますと、これは著しく不公平です。そして、その原因が上述したような制度上の欠陥にあるとしますと、同問題を解決するためには、現行の制度を変える必要がありましょう。例えば、医療保険についても、少なくとも受給条件については長期滞在を加えるべきです。この点、国庫負担のある国民年金の受給資格要件の期間は10年以上ですので、医療保険についても、受給に関しては同程度の要件を付すべきかもしれません(もしくは、加入に際して10年以上の滞在を予定している場合のみこれを認める・・・)。もっとも、この措置ですと無保険状態があり得るのですが、外国人に対する健康保険制度は別途設け、比較的高額となる保険料を設定する、あるいは、民間保険への加入を義務付けるといった方法もありましょう。また、外国人の高齢者については、本人であれ、被扶養者であれ、本国における加入期間があるはずですので、原則として、本国での制度利用を原則とするなど、様々な工夫があり得ましょう。

 さらには、国家間の公平性を確保するためには、相手国との協定の締結、あるいは、国際的なルール作りも必要となりましょう(今日、二重加入を防止するための二国間の社会保障協定が締結されているものの、中国との間の協定の対象は公的年金のみ・・・)。日本国民の社会保険料の負担が年々重くなり、家計を圧迫している今日、医療保険制度の特徴に鑑みて、日本国政府は、その改革を急ぐべきではないでしょうか。そして、この問題は、国境を越えた人の自由移動が時にして侵害性を有するという、グローバリズムの実態をも暴いているように思うのです。

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