万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

USスチール買収問題が示すグローバリズムの野蛮性

2025年01月10日 10時52分56秒 | 国際経済
 アメリカのジョー・バイデン大統領が日本製鉄によるUSスチールの買収を禁じる大統領令を発令した一件については、中国の反応が注目されるところです。中国共産党の機関紙である人民日報系の環球時報は、日本企業を「がっかりさせた」と論評しています。中国は、アメリカにシャットアウトされたかに見える日本製鉄、並びに、日本政府にすり依り、同事件を契機に日米離反を試みようとしたのでしょうか。あるいは、対中関税の大幅な引き上げを公約とするトランプ政権の発足を前にして、自国と日本国の立場を同一視し、アメリカの保護主義を批判したいのでしょうか。

 両者が入り交じった見解なのでしょうが、国営新華社通信は、「米国が国家安全保障をむやみに用いた新たな事例の一つにすぎない」と報じていますので、どちらかと言えば、後者、即ち、政治的な理由をもって企業買収を阻止したアメリカの政策に対する批判なのでしょう。米中対立が強まる中(少なくとも表面的には・・・)、中国としては、安全保障上のリスクを持ち出されることは、関税障壁による中国製品のみならず、即、中国企業の米穀企業に対する投資、あるいは、M&A戦略もブロックされることを意味するからです。

 米ソ冷戦終結後のグローバル化の流れを振り返ってみますと、グローバリズムによって最も恩恵を受けた国は中国でした。体制崩壊したソ連邦とは異なり、中国そのものは共産党一党独裁体制を維持し、共産主義を国家イデオロギーとして奉じながらも、‘旧西側諸国’は、もはや‘旧東側諸国’との間には政治的な壁は存在せず、同国のWTOへの加盟も許してしまったのですから。安価で豊富な労働力、安い元相場、そして、緩い環境規制などは、グローバル市場にあっては国際競争力として強力に作用し、巨額のチャイナ・マネーも、国境を越えて溢れだし、海外企業の積極的な買収に投じられるようになりました。中国企業に買収されたり、大株主の地位を占められたり、中国系企業グループの傘下に組み込まれた日本企業も少なくありません。

 中国の躍進の舞台は、国家の存在を障壁と見なすグローバリズムが提供したのですから、同国にとりましては、アメリカの保護主義はこれを台無しにしているように見えるのでしょう。しかしながら、自由貿易主義もグローバリズムも、‘ルールがないのがルール’という、一見、ルール志向に見えながら、その実、弱肉強食の野蛮な世界です(国家が規制を設けるとルール違反になる・・・)。グローバリズムの勝者が中国であったように、国家であれ、企業であれ、スケールメリット、並びに、技術力に優る者が、競争力に劣る規模の小さな者達を飲み込む、あるいは、市場から駆逐してしまうのが現実です。IT分野を見れば一目瞭然であり、途上国からグローバルなプラットフォームを構築し得る大手IT企業が出現することは絶望的に不可能に近いと言えましょう。グローバリズムとは、形を変えた‘植民地主義’の復活にも見えなくもないのです。そしてこの観点からすれば、各国政府のグローバリストに対する恭順の態度は、植民地時代の現地支配層、並びに、日本製鉄と一緒になって大統領の禁止令に抗議するUSスチール幹部の態度とも重なって見えます。支配する側(グローバリスト、宗主国、買収企業)が、形ばかりではあれ、被支配側のトップの地位を保障してもらう代わりに、自らの集団のメンバーに対する支配権を容認するのですから。

 日本国内では、グローバリズムを礼賛する傾向が続いていますが、グローバリズムを受け入れることは、開放された自らの市場が海外勢力に席巻されてしまうことも認めざるを得ないことを意味します。それが、たとえ鉄鋼やエネルギー、さらには、食料生産といった国家の安全保障や国民生活に直結する分野であったとしても。実際に、今やマネー・パワーに籠絡されてグローバリストの‘代理人’の如くとなった日本国政府や政治家達は、まさしくこの路線を一直線に歩んでいるように見えます。その一方で、日本国民にあって保守派の人々も、日本企業の米市場への参入が阻止されたわけですから、自国勢力の‘拡大’を願う立場からアメリカの今般の措置に対して批判的です。つまり、日本国内では、グローバリストと保守派という、本来、その対中姿勢や価値観において相対立する人々が、奇妙なことにアメリカ批判では一致しているのです。

 しかしながら、上述したように、国境のないグローバル市場とは弱肉強食の世界です。この視点からしますと、日本国政府は、グローバリズムの文脈にあって中国に自国の市場を開放し、中国企業による自国企業の買収を容認するのでしょう。今後、中国企業が製鉄をはじめとした基幹産業における日本の大手企業の買収に乗り出した場合、一体、どのように対応するのでしょうか(対日投資熱烈歓迎?)。そして、かねてより中国脅威論を唱えてきた保守派の人々も、この思わぬ成り行きに言葉を失うかも知れません。これらの人々の立場は、かの『羅生門』で言えば、下人に衣を奪われる老婆ともなりましょう。

 このような未来を予測しますと、真に考えるべきは、グローバリズムが許している‘ルールがないのがルール’という、一種の無法状態のように思えます。‘己の欲せざるところを人に為すなかれ’は、人類に共通する道徳規範です。人類の野蛮からの脱出は、まさしくこの相互的な抑制作用の認識とそれを具現化する制度化にありました。国際社会では、政治分野にあってもルール作りや制度整備は十分ではありませんが、他者(国家、企業、個人・・・)の主体性を奪う行為を無批判に合法とする今日の経済の在り方こそ、早急に見直すべきではないかと思うのです。

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