鑑真さんは、立派なお坊さんです。うちの奥さんは唐招提寺には行ったことがなかったのに、鑑真さんにはお会いしたいと切望して、お寺ではなくて、国立博物館に出かけました。夫の私も付き添って、彼女が
「失礼はなかっただろうか、私は何か鑑真さんにいけないことをしなかったか」
と、やたらと心配するので、
「大丈夫、全く失礼なことはなかった」と言ってあげないと、いけなかったんでした。
それほどに鑑真さんにあこがれていた。私も初対面で、ものすごく威厳があるのに、おだやかでやさしく私たちを包んでくれそうな雰囲気に心打たれ、しばらくはそのまわりを角度を変えながら歩いてみたものでした。
それから、もう数年以上過ぎて、私たちは立派な中高年になってしまいました。今回、初めて妻を唐招提寺に連れて来ることができて、私としてはとてもしあわせで、ありがたいものだとその中へ案内しました。
真正面の金堂。みんなのんびり三体の仏様を見上げています。お堂の中に入れたら、もっと身近に仏様を感じることができるのですが、金網越しにお参りをします。遠くで救急車の音も聞こえてきますが、とりあえず今の私たちは仏様の目の前に立ち、薬師寺さんでも何度もお祈りしたのですが、ここでもお参りせずにはいられません。ただ、私はお金がスッカラカンで、奥さんにその度に10円とかをもらわなくてはいけなくて、る舎那仏さんも、「何だ、この夫婦は……」と思われたかもしれない。
まわりは、お金持ち風の中国人ファミリーやら、何かシックでおしゃれな中年カップルなど、リッチな雰囲気がただよっているのに、私は貧乏なので、もう奥さんだけが頼りで歩いています。
もう少しずつ、夕方に近づいていて、西日が冬の木立をすり抜けてきます。これを俳句でも、短歌でもまとめられたらいいのだけれど、写真を撮ろうという功名心が先に立って、ゆっくり俳句をひねろうという余裕がありません。何か写真になる物を血眼で探している感じです。ああ、鑑真さんも嘆いておられたことでしょう。
鑑真さんが普段おられる御影堂(みえいどう)です。ここに東山魁夷さんの絵があるらしいのですが、6月上旬の三日間だけしか公開されないので、外から眺めただけでした。アプローチの四角の石がいい感じです。私がお坊さんなら、ここをたどればいよいよ鑑真さんにお会いできると、ワクワクしたことでしょう。でも、ただ石を眺めるだけです。
鑑真さんの御廟(ごびょう)への入り口の門です。ここはいつも木立を抜けてくる日差しがすばらしい。
御廟は写真は恐れ多くて、その直前のコケの庭と西日を撮りました。カラーならキレイかなと思いつつ、太陽の光を撮りたかった。コケの美しさは私には撮れないので、それはそれでいいですね。
さあ、いよいよ帰ろうかと思い、最後のごあいさつの1枚です。
「鑑真さん、これで失礼します。また、しばらくはウッカリ、ボンヤリの日々ですが、チャンスがあったら、また来ます。今度はまた違う季節に、花かお祭りをめあてに来ますので、どうぞよろしくお願いします」
そんな気持ちです。少しこじつけかな。
駐車場へ帰る道で見つけたチワワさんです。看板犬なんでしようね。
踏切を渡って帰ってきました。
お稲荷さんの前を通るとき、1人旅の韓国人学生がいました。てっきり日本のオタクかなと思ってたら、そうではなかった。日本のオタクたちも、カメラ片手にあちらこちら飛び回って欲しいなあ。
最後に、ボンネットバスが迎えてくれて、私たちの奈良の旅は、まあるく収まって、私たちは木津川沿いに伊賀上野をめざして帰ってきました。この川沿いルート、少し味気なかった。サクラがある頃はそれなりにキレイなんだけど、サクラもなければ、ただ走らされるだけで、全然道を味わっている感じはしませんでした。道にも走っていて楽しくさせる道と、ただ走っているだけの気分しか起こさない道とがあるようで、せっかく右手には木津川がながれていても、時々JRが通り過ぎて行っても、ちっとも楽しくなかった。私たちの下調べが足りなかったのかどうか。また今度調べて走ってみます。
1 冬の日の 奈良の大寺 閑古鳥
2 平茸や 熟年男女の赤い顔
3 山茶花や 中国家族は黒ずくめ
4 白い梅 大家(たいか)の風と 私たち
5 赤い梅 研修旅行は素通りす
6 扁額のくせ字 唐招提寺の春
てっきりこのとんがった字は、たぶん聖武天皇さんの字なのかなと思っていました。調べてみると、どうやらこの南大門の扁額は聖武天皇さんのお嬢さんの孝謙天皇さんの字ということです。しかも複製ということでした。知らなかった!