昔は、つまらない話でも何か意義があるみたいに話せたような気がします。 「何かお話して!」なんて言われたら、あることないこと、聞きかじり、見たまんま、話をつないで空間を埋める努力をしたと思います。無意味につなげることができた(ような)気がします。でも、それは本当にムダなしゃべりだったとつくづく反省します。だから、今は全く何もしゃべらない、というのが基本になりました。言葉も忘れつつあります。そのうち . . . 本文を読む
六年と少し付き合った彼女と結婚して、新生活を始めたのは実家の近所だった。歩いて数分のところのアパート(当時は文化住宅とか呼んでたけど、そんなに文化は感じられなかった)の二階でボクたちは生活らしきものを始めた。 お仕事をして、一緒に買い物もしたり、毎日実家でお風呂に入ったり、ごくたまに実家の人たちとボクたちとで一緒にゴハンを食べたり、お休みは今まで知らなかった大阪近辺に出かけてみたり、自分たちが世 . . . 本文を読む
昔、富士山に憧れは持っていました。中三の修学旅行で五合目までスバルラインをたどって、みんなで行きました。少しだけあたりを歩いて、記念写真を撮りました。 「なんだ、富士山なんて、バスで来られて、半分まで来たら、あとはあの見える頂まで行けばいいのか」 なんて軽い気持ちを起こしたものでした。実際に弾丸登山をしてみたら、しんどいこと、もっとゆっくり体を慣らしつつ歩かなくてはいけないのに、睡眠不足で歩いた . . . 本文を読む
何度も同じイメージの世界を行ったり来たりしています。ちっとも新しい世界に行けてなくて、ものすごくマンネリです。 そんなことだから、冬用タイヤも換えてなくて、夏日になる時だってあるのに、黄砂だって飛ぶのに、ずっと家に閉じこもり、何もできてないんだ。 ただ、電話したり、書類の手続きしたり、片づけしたり、苦手なことをするだけなのに、やってないことがいっぱいあるぞ。 だから、お休みの日だって、穏やかにの . . . 本文を読む
今ここにある私の時間は、どんどん過ぎ去っていきます。つい何時間か前、お昼ごはんを食べて、そのあと、あろうことか、禁断のシュークリームをいただき、「あらまあ、濃厚な、ずっしりのクリームだね」とか言いながら食べてたけど、それはもう過去の時間です。 シュークリームは戻ってこない。「おいしい」と思って食べたのだから、それで満足しなくてはならなくて、もう一度食べたかったら、買いに行けばいいはずですが、たぶ . . . 本文を読む
昨日、また眠れないと思って1時まで寝ました。今はしばらく起きてますが、たぶん寝ると思います。山梨県の大月という町にいます。朝になったら、ここから南の町を歩いて、そのまま富士市まで行きます。実は昔このあたりに住んでいました。でも、自慢できるものは何もなくて、小さな町を行ったり来たりしていました。町には詳しくはならなかったけど、人には触れた気がします。高校で人というものを知った気になってたけど、人はも . . . 本文を読む
昔、お金のない学生時代、普通列車に乗ってあちらこちら移動することがありました。 塩尻駅で20時を過ぎて、これからどこへ行くというのでしょう? 1973年版の時刻表で見てみると、長野を18:28分発、松本は20:50分発、塩尻は21:52発でそのまま新宿(4:23am着)まで走る普通列車がありました。これの下り線にも乗ったことがありますけど、上り線を利用して東京方面の高尾まで行ったんでした。たぶん . . . 本文を読む
今日も時間はあったんですけど、これはという決め手がありませんでした。お風呂に入っても、これといって思い浮かばなかった。 もうサッパリ、スッキリしたい。何だかモヤモヤする、みたいな気分でした。いろいろと家族のものは片づけることができるのに、いざ自分のものになると、何も片づけられなくなります。 冬になったら、少しは片づけられたりするんだろうか。少しだけ予感はあって、いろんなものをテキパキと捨てたりす . . . 本文を読む
この夏、前にも書いたけど、オラは大きなラジカセかついで旅に出てた。といっても、山梨から大阪、大阪から山梨みたいにして、いろんなところを鉄道で旅していた。 どうしてそんなにラジカセが大事だったのかというと、それがオラの宝物だったんだ。だから、その宝物とどこまでも旅しようなんて、思ってたらしい。音楽こそが生きがいみたいに思ってたんだろう。 でも、どんな音楽を聞いてたのか、はなはだ危なっかしくて、ニュ . . . 本文を読む
(昨日、新しいクツを買いました。お店から夕空を見て、写真撮りました!) それは知ってましたけど、お祝い気分ではありませんでした。いや、単純にお腹が空いていただけでした。家に帰ると、すぐにゴハン食べて(ごはんは食べなかったけど)、日本酒を炭酸割りして飲みたいだけ飲んで(ほんの少し)、酔ってお風呂入って、そのまま寝てしまいました。 起きたら、午前一時だったでしょうか。それから、何度か二度寝、三度寝にチ . . . 本文を読む
友人からケータイにメールが来るようになりました。名古屋でこの前に会ったから、何十年ぶりのにぎわいです。昔はしょっちゅう東京にも行ったのになあ。今回は、暑中お見舞いなんだそうです。 松阪は列島一の猛暑日だったのですね。最近は「暑熱順化」が必要と言われてますが、このお天道様のご機嫌ではGW終えると対応しなきゃです。 昔、東京への移動の際に列車やバスの車窓から眺めた中野サンプラザ。昭和48年(1973 . . . 本文を読む
ボッティチェリさんは、海から生まれ来るヴィーナスさんを描きました。これは、どこかで見て、強烈なインパクトを受け、そんなに「見事だろう」とか、「すごいだろう」という絵にはなるべく心動かされないようにしてきましたけど、何となく大事なお話の絵、というよりも、伝説を映像化したというのか、教養として身につけて来なければならない絵でしたね。 本当なら、ルネサンス文化を見るためにイタリアに行き、自分の目で見な . . . 本文を読む
昨日、18時半に名古屋駅のちかくで待ち合わせということになっていました。お昼過ぎに出よう、いや、もう少しゆっくり……と、いつもの癖で、結局15時半ころに松阪を出ました。 名古屋に着いたら、あと少ししか時間が無くなっていました。そして、名古屋駅では撮り鉄でもしてみようと思っていました。ところが、さっきまで普通に動いていたカメラが全くピントを合わせてくれなくなってしまった . . . 本文を読む
古い絵をスキャンして貼り付けたのは昨日でした。お仕事から帰って、遊んでいて、そんなおバカなことをしていました。 今日は余裕がありません。頭もいたいです。寝る時間も近いし、せっかくだから、古いネタで書こうと思います。 2040年には働き手が1100万人足らない、というニュースをやっていました。いつものように新橋の街頭インタビューをして、若い人は「ボクたちを支える人がいないんですね」と不安を口にして . . . 本文を読む
何かを手に入れたら、それをずっと大事にしまっておくこと、それをひたすらやってたのが私の人生ではありました。 金は天下の回り物、ではないですけど、すべてのものは流転している。どんなに大事だと自分が思い、秘蔵していても、時間はどんどん過ぎていくし、やがて私はこの世からいなくなります。私の大事なものは、他人の不用品であったのです。 みんなにとって意味のないものを、大事そうに抱えて身動きが取れない、ヨタ . . . 本文を読む