リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

2012年11月~その1

2012年11月16日 | 昔語り(2006~2013)
自分で自分にボーナスを出すのがフリーの稼業

11月3日。土曜日。日が差さなくて暗いせいか、目が覚めたのは午後1時ぎりぎり。今日も雨。昨日も雨。明日も雨。まあ、これがバンクーバーの普通の「冬」。でも、1980年代には11月に寒波が来て、氷点下の日が何日も続いたり、雪が降ったりしていた。入り江から吹き上げる寒風で体感温度がマイナス30度というときに出勤途中、イアマフからはみ出していた耳たぶに凍傷ができたのも11月だったような気がする。長い目で見たら、何でも上がったものは下がり、下がったものは上がるってことなんだろうけど。

きのうもおとといも大車輪で仕事をしたもので、まだあと1週間あるというのに、もうくたびれて来た。でも、その後にもまた大きな仕事が入ってしまっているから、くたびれて萎れているわけにも行かない。元々フリーの在宅稼業は仕事があるときが仕事日で、仕事がなければ休み。もっとも、その「休み」が長く続くと、永久の休みになってしまうのではないかと心配になって、楽しむどころでなくなるという困った稼業。かといって、仕事が洪水の濁流のごとく押し寄せて来てあっぷあっぷの状態でも、自力で必死に泳ぐしかないから、ほんとに困った稼業。で、今日も犬かき・・・。

二階へ上がったついでに先週からずっと放置してあった洗濯かごから自分のものとタオルの類を選り出してたたみ(カレシは適当に要るものを引っ張り出しているらしい)、ついでに上と下のバスルームの戸棚にトイレットペーパーを補給し、洗濯室にまだぶら下がっていたカレシのシャツを二階へ運んでカレシのクローゼットのドアのノブに引っ掛け、ついでにカレシのクローゼットから空のハンガー(16本!)を回収して洗濯室に戻し・・・ついで、ついでで階段を上がったり、下がったりがせめてもの運動。なにしろ座業だから、忙しいほど動かなくなって、しまいにはトイレに行く時間も惜しくなって来るから、あんまり健康的とは言えない困った稼業。おまけにストレスのせいで寝酒の量が増えて、おなかはますますプヨプヨ・・・。

オーブンが壊れているのに新しいのを買いに行く時間がないし、気晴らしにおいしいものを食べたいけど、外へ食べに行く時間の余裕もないし、元々おいしいものはゆっくり味わって食べたいから外へ行こうという気にもなれないし、だけど自分で作っていると食材がなくなって来るし、(お酒はカレシが買いに行ってくれたけど)寝酒のつまみもなくなって来るから、時間がないと言いつつ緊急の買出しに飛び出すことになるから、困った稼業。でもまあ、今日は「夏時間」最後の日で、時計の針を1時間戻す明日は実質1日が25時間ということになるから、「ボーナス」の1時間を緊急買出しに充てるか・・・。

でも、でも・・・。開けない夜はないし、出口のないトンネルはない。通り過ぎない台風はないし、止まない雨はない。降り積もった雪だって春になれば解ける・・・その「春」がいつ来るかが問題だけど。まあ、そうやって自分を鼓舞してがんばれるのがフリーの在宅稼業のご利益と言えるかもしれないな。がんばった甲斐があれば自分で自分にボーナスを出せるのもこの稼業のいいところ。というわけで、カレシがサンフランシスコでの5泊6日のバケーションを企画してくれた。アメリカでは感謝祭がとうに終わって、クリスマス商戦が佳境に入っている時期。ホテルは定宿になりつつあるユニオンスクエア地区のマリオット。元は東急系のパンパシフィック・ホテルで、何年か前、間違いなく「パンパシフィック」に予約したのに、着いてみたら「マリオット」になっていて、思わずホテルを間違えたかとびっくりしたところ。

サンフランシスコは歩き回るのが楽しい街。あごが擦れそうな急な坂道をハアハア言いながら登り、フィッシャマンズウォーフへの急な坂道をケーブルカーの外側にしがみついて下るスリルを楽み、いたるところで遭遇するPainted ladiesと呼ばれるアン女王様式やビクトリア朝様式のドールハウスのようなカラフルな家を鑑賞するのが楽しい。コロンバス・アヴェニューの「The Stinking Rose」(くっさいバラ)は前菜からデザート(ガーリックアイスクリーム)までガーリック尽くしの楽しいレストラン。ユニオンスクエアを囲むように並ぶSaks Fifth Avenue、Tiffany、Williams Sonoma、Neiman Marcus。マーケット・ストリートを渡ればBloomingdale’sにNordstrom。どこも値札の数字の桁がひとつ多いんだけど、見るだけならみんな「ただ」。大いに目の保養をして、最後は庶民的なMacy’s。

ちょうどユニオンスクエアではMacy’sのクリスマスツリーがライトアップされている頃だなあ。今年から免税枠が二倍になったことだし、クリスマスショッピングして来るか。うん、楽しみにして、がんばろうっと。

仕事しすぎの自分へのごほうびはルンバ

11月5日。月曜日。おお、久しぶりにまぶしい日差し。まあ、雨期の雨もたまには止んでくれないとね。太陽が燦々と照るところから来た人たちには辛い季節だと思うけど、カレシはこの湿っぽいバンクーバーの生まれ育ちだし、ワタシは「狭霧閉ざせる蝦夷の地」の生まれ育ちなもので、毎日雨が振ったり、空が灰色だったりしても、2人揃ってち~っとも苦にならないから、このあたりにも何かのご縁があったのかな。

朝食もそこそこにまずは買出し。ワタシとしては納期がなければついだらだらと過ごしてしまいちがちなほんの3、4時間の午後が一番効率的なので、仕事に埋没してしまている今回はワタシの希望で午後のおでかけ。今日はいつもの大きなトートバッグ1つと予備のエコバッグ4つという重装備で西のIGAへ。常食の魚をどっさり仕入れて、ランチの食材や寝酒のつまみを念のためにいつもの2、3倍買って、野菜もどっさり。なぜかやたらと人にぶつかる(ぶつかられる?)のでヘンだなあと思って、よく周りを見回してみたら、あちゃ、何となく視力が落ちているような。腕の長さくらい先にあるモニターの画面を睨みっぱなしだもんね。たまには遠くへ出て、はるかな水平線を眺めないとダメか・・・。

大小10個あるファイルの文字を原稿用紙にびっしり詰めたら、まだ200枚以上はありそう。はて、原稿用紙を200枚重ねたらどれくらいの厚さになるのかな。考えただけでいささか気が滅入ってしまいそうだな。ひょっとしたら、半徹夜になるかのかな。徹夜はもうしたくないけど、キャリア最後の半徹夜は、どうしてもとなったら、まっ、いいか。だけど、仕事、やり過ぎ。あり過ぎ。積み上がり過ぎ。この年になって働き過ぎ。(そんなことを言ってみたところで、クライアントには馬東風でちっとも気を使ってくれないけども。)仕事ログを見たら、11月が終わる頃にはほぼ去年の2倍。震災の影響で低調だった去年の反動もあるとしても、やっぱり多すぎ。来年の税金がタイヘン・・・。

カレシが「がんばってるんだから、自分にご褒美をあげなよ」と言うので、最近友だちが買って大感動している掃除ロボットを買っちゃった。メーカーのサイトで、いろいろシリーズがある中から価格的に中間あたりのRoomba 760を選んだ。メーカー直販だけど、量販店で買ったほうが安いのかどうかはわからない。すぐに予想配達日は15日から20日の間という確認メールが来て、ヒャッホ~、ワタシもとうとうルンバを買っちゃったあ!ついでに見つけて買ったのは雨どいの掃除ロボットLooj 330。これはカレシ用。何しろ、落ち葉が詰まって雨どいが溢れるたびに、はしごに登ったり、塀の上を伝ったりして、腐って泥になった葉っぱを掻き出さなければならないんだけど、雨の中で足場が滑って危ない。はしごを登ることに変わりはないけど、庭仕事のついでにでもロボットを雨どいにポンと入れて掃除をしてもらえばいい。ちょっと値段は張るけど、何よりも安全第一だから。

さて、冷蔵庫もフリーザーも戸棚も兵糧はたっぷりだし、ご褒美も上げちゃったし、仕事、するぞ・・・。

がっつりという言葉の使い方

11月6日。火曜日。また雨模様。起きて、朝食。仕事にかかる前に、シチュー用のビーフを玉ねぎと炒めて、カレールーと一緒にスロークッカーにセット。にんじんとじゃがいもは後で入れる。うん、今日はがっつり肉を食べるぞ。この「がっつり」という言葉、いつも何かしら飢えてがつがつしている粗野な人のやることのように思えるんだけど、「カレーライス」を食べるときだけはなぜかぴったりして感じるから不思議だな。日本のカレーライスはそれくらい気合を入れて食べるものなんだろうな。がっつり食べれば、がっつり満腹感か。よし、仕事に追いまくられて息切れしそうなワタシ、今日はカレーライスをがっつり食べる!

今日はアメリカの選挙の日。大統領選挙だけではなくて、議会の上院、下院、州の選挙や各種の住民投票とてんこ盛り。でも、アメリカはいつもけっこう投票率が高いな。今日のテレビはカナダのも、アメリカのも、どのチャンネルを見てもがっつりと大統領選の特別番組ばかりでつまらない。ああだこうだと言っても、投票が終わって開票結果が出るまでは報じるべき「ニュース」はないのに、待ちきれないジャーナリストや評論家たちがまるで競馬の予想屋みたいにべらべvらしゃべりまくっているから、朝食が終わった頃にはもううんざり。カメラを向けられて「もうオバマもロムニーもいやんなっちゃったぁ」と泣き出して、ママに「もうすぐ終わるからね」と慰められていた4歳の女の子アビゲイルちゃんの気持がよくわかるなあ。民主主義を守るためにはしょうがないといっちゃしょうがないんだけど、アメリカ人は(何かと側杖を食うカナダ人も)がっつりと選挙疲れ・・・。

日本の(どこにあるのか知らないけど)オバマという町では、アメリカの大統領と「同じ名前」だというので、町を挙げて熱烈にがっつり応援しているそうな。はあ?で、オバマが当選したら、町を挙げて戦勝祝賀パレードでもやるのかな。もしかしてロムニーが当選したら、「ロムニーはロムにする」なんて、駄洒落にもならないけど、全国から観光客が来て「アメリカ大統領と同名の」駅名の看板と一緒にがっつり記念写真を撮って行くのかなあ。オバマさん、オバマさんと、太平洋の向こうの国の選挙の行方を町の選挙みたいに一喜一憂しながら「勝手に応援」してはしゃいでいて、みんな楽しそう。お膝元の日本で「そのうち」にあるらしい総選挙でもそれくらい熱を上げてがっつりと取り組んだらもっといいのにとは思うけど。

今日本全国で話題の中心になっている(らしい)、「事実は小説よりも奇なり」を地で行くような猟奇的な事件の首謀だという女性の写真がいっせいに新聞に載ったけど、記事の中の年令を見てびっくり仰天。このおばさん、64歳だって。ええ~?うっそぉ~。ほんとぉ~?やだぁ~。だって、ワタシ、この、メディアが何かすごいタイトルを付けているおばさんと同じ64歳なんだけど。まあ、最初に逮捕されて以来ずっと拘置所生活だろうから、その疲れでがっつり老け込んだのかもしれないけど、どう見たって(少なくともワタシの目には)70代に見えてしまう。おかげでイレに行ったときに思わず鏡に映った自分の顔をがっつりと見つめてしまったけど、このおばさんと比べたらワタシの方がずっと年が下に見えることは間違いない(といっても、他人にどう見えるのかはわからないけど)。ワタシ、こう見えても「もう」64歳なの?それとも「まだ」64歳なの?おっと、「まだ」というと、実年令よりもずっと老けて見えるという意味になってしまうのかな。まあ、人は見かけによらないとは言うけど、だけど、だけど・・・。

さて、こってりジャワカレーを麦ご飯にたっぷりかけてがっつり食べた後は、がっつりと仕事をするかな。だけど、この「がっつり」という言葉、まだ正しい使い方がわかっていないのかもしれないけど、どうしてもしっくり来ない。ま、そんなのどうでもいいから、ワタシは気合を入れてがっちり仕事にかかろうっと。

そんなに不安なら自分でやれば?

11月8日。水曜日。少し早めに目が覚めて、起床は午前11時20分。いい天気。今日は掃除の日で、朝食のしたくをしている頃にもうシーラとヴァルが来た。シーラが二階の掃除、ヴァルがベースメントのオフィスの掃除で、ワタシたちはその中間のキッチンで走り回るワンちゃんのレクシーをじゃらしながら朝食。

ヴァルが上がって来て、「仕事始めていいよ~」というので、コーヒーを持ってオフィスへ直行。PCを立ち上げてメールをチェックしたら、おえっ。週末に納品した仕事に客先からの質問だって。校正担当がいて、校正してから客先に納品したはずなのに、何でその校正者を飛ばしていきなりこっちに丸投げするの?誤訳の可能性があるならもちろん責任を持って対応するけど、それでもまずは校正者が誤訳かどうかを確認するのが筋だと思うんだけどな。だいたい客先からの質問に「あは!」というのがあった試しがない。この表現でいいんですか、これは一般的表現ですか、これで大丈夫ですか・・・と、不安神経症の塊みたいな質問が多くて、「オレ(アタシ)んとこに社内からクレームが来るとやだから」という保身心理が丸見えだから頭にくる。まあ、小町横町の住民性に似ていると言えそうだけど、こっちは仕事が詰まってきりきり、かりかりしているから、まずはご担当者様にてご対応を・・・と返事。

*****

木曜日。目覚ましがなっている。あちこち走り回って手当たりしだいに時計のボタンを押しまくっても止まらない。ピーコ、ピーコ、ピーコと鳴り続けて、だんだんパニック状態・・・というところで目が覚めた。午前11時30分。なんだ、本当に目覚ましが鳴っていたのか。今日はカレシの英語教室ダブルヘッダーの日だから。いい天気。バタバタと朝食。カレシを送り出して、さて・・・と思ったら「エコーのバッテリが上がってる」と言って戻って来た。月曜日に走ったばかりなのに、もう。カレシは何やらぶつぶつ言いながらトラックで(いつものように遅刻して)お出かけ。

メールをチェックしたら、客先からの質問の数を減らしたから何とか朝一番に返事をくれないかというメール。しゃあないからファイルを開いてみたら、表現がストレート過ぎないかと言っているような質問。要するにもうちょっとぼかしてくれということか。おえっ。あのぉ、そちらでは英語はストレートに表現する言語ってことになってるんじゃなかったですか?そんなに人に任せるのが不安なら自分でやりなっつうの。それとも、機械にやってもらう?無料の翻訳サイトは選り取り見取りであるから、想定通りの結果が出るところを探したら?ワタシが使っていた辞書サイトは(なぜか最近とみにおバカになって来たけど)文章を入力してクリックすればとりあえず翻訳が出て来て便利だよ。まあ、客の客に毒づいていてもしょうがないから、ここはこうすれば、こっちはああしたらと返事をして、ここは来年度は「引退」と決めた。

でも、よく考えると「校正」と「編集」は機能が違うから、「チェッカー」がいるところと「エディター」がいるところでは翻訳の扱いも違ってあたりまえかな。日本のエージェンシーにいるのはだいたいが「チェッカー」だから、文字通り句読点やスペルのような文法を「チェック」しているのかもしれないな。「エディター」がいるところは翻訳全体を「編集」してくれるけど、編集には翻訳を「チェック」する以上のスキルが要求されるので、なかなか人がいないらしい。翻訳者との相性も絡んでくるから、優秀なエディターがつくと相乗効果で翻訳者にも刺激になる。まあ、日本語系と英語系の会社の間には翻訳ビジネスに対する考え方の違いもあるんだろうけど・・・。

さて、まだゆうに3日分は残っているのに、今日と明日の2日。気合を入れてぶっ飛ばさなきゃ!

残業から解放された!

11月11日。日曜日。寝るのが遅かったわりには結構早くに目が覚めてしまった。天気は下り坂。ここ何日か日が差していたので、寝る頃には温度計がゼロぎりぎりを指していたけど、どうやら気温が上がって、低気圧が来てもこのまま雪にならずに、いつものバンクーバーの雨期に戻るらしい。良かった。

大仕事、金曜日の夜7時から「待ったなし」モード。気合が入ってかなり順調に進んだけど、胸突き八丁のきのうは起きるなりおなかがシクシク。仕事を始めたとたんにトイレ。治まったと思って仕事に戻ったら、5分もしないうちにまたトイレ。のんきにトイレに座っている暇なんかないのに、それを4、5回繰り返してやっと落ち着いて仕事に集中できるようになった。疲れていても精神的には元気いっぱいのつもりだけど、やっぱりストレス反応なのかな、これ。それでも、きのうはとうとう1日合計で12時間の長丁場。最後はわき目も振らずに一心不乱で集中してやって、とにかく無事に完了したのが(今日の)午前4時半。今日はさすがにちょっと視力が低下している感じがする。次の大仕事の前に休めておかないと・・・。

文字の量がなにしろすごかったけど、あちこちに写真や図がいろいろとあって、子供の頃の科学図鑑を見ているようで、仕事そのものはめちゃくちゃおもしろかった。そうでなかったらストレス負荷が大きすぎてダウンしていたかもしれない。いくつになっても科学はおもしろいし、楽しい。もう少し数学的な才があったら、ワタシも科学者になりたかったな。もしなれるとしたら、どんな分野に進もうか。生きたものを直接扱うような分野よりも、宇宙とか地球とか海とか、途方もなくスケールの大きいものがいいな。天文学は昔から好きだし、海洋学も船に乗れるからいいな(泳げないけど)。科学者って、興味のあることを仕事にできていいなあ。親に言われてなりたくないのにいやいや「○○」になったという話は聞くけど、好きでもないのに「科学者」になっていやいや研究をやっている人はいないだろうと思う。

まあ、とにかく終わって、やれやれ。もう少しで電話料金の支払をすっぽかすところだったり、食べるものがなくなって来たり、パスポートや寝ている間に来た配達品を受け取りに出かけなければならなかったり、いつのまにかデスクの上はカタログの類が山になっていたり・・・。[写真]

まあいつものことだけど、とにかく仕事量そのものよりは「日常生活」の方面から何かとストレスがかかって来るような気がする。どれも仕事のあるなしに関係なく「日常」のことだから、ストレスと言っても気がつかないような些細なものに思えるけど、それでも溜まれば無視できなくなるということかな。火山のマグマと同じようなものなのかな。どうしてなんだろうね。もしもワタシが男だったら、そういう日常の細かなことにいちいち煩わされずに仕事に没頭できるのかな。でも、そのためには誰かにその細かなことをやってもらわなければならないし、やってもらうためにはせっせと稼がないとならないだろうしなあ・・・。

それで人生が楽になるんだったらいいけど、必ずしもそうは行かないようで、いくら好きなことなら寝食を忘れてでもやれると思っていても、楽しんでいるつもりで気づかないでいるうちにストレスが溜まって行くだろうな。そうなったら人生そのものが激務になってしまいそう。あ~あ、何とも難しいもんだな。だけど、「激務」の反対語って、何だろう。いや、そもそも反対語があるのか・・・?

年を取ったということかな

11月12日。月曜日。きのうの日曜日がRemembrance Day(戦没者追悼記念日)の祝日だったので、今日は日本流に言えば「ハッピーマンディ」。雨模様のせいもあって、外は静かなもの。あまり静かなもので午後1時近くまで寝てしまった。

11月11日午前11時。第一世界大戦の停戦が発効した時刻。元々は「Armistice Day(停戦記念日)」と呼ばれていたもので、Remembrance Dayになってからは第二次大戦やその後も続く戦争での戦死者も含めて、英連邦を中心に各国で追悼式がある。アメリカでは戦死者を追悼するの日は5月で、この日はVeteran’s Day(退役軍人の日)。カナダに来たばかりの頃のワタシはこの日が何となく苦手だったな。あの頃はパレードの中心が第二次大戦を戦った世代だったから、特に西部ではテレビも新聞も日本が相手の太平洋戦争や日系人強制収容に絡むテーマが満載で、日本では高校では日本史でも世界史でも教えられなかったし、毎年のテレビの終戦記念日特集にも出て来ないような話がたくさんあって、日本人としてそれを知らないことにもやもやした気持になっていた。

その「もやもや」も、日本企業で働いたり、日本国籍でなくなったり、日本人の上司の下でバブル期の日本人を間近に見たりしているうちに、いつの間にか消えてしまって、11月11日は苦手でも何でもない、ただの「休日」になっていた。でも、何の関係もない他人にワタシという人格を侵略され、ひとりの人間として存在する権利と自由と自分の安全を守るための「個人的な戦争」を戦って、そして生き延びたと安堵することができたとき、11月11日はワタシの中で特別な意味を持つようになったと思う。人間の世界は21世紀になってもまだ「自由と安全」を守るためには戦わなければならないこともあるという思いを、この日の追悼のラッパを聞くたびにかみしめる。もちろん、戦争なんてなくなるのが一番。人が人を殺すことがなくなるのが一番。だけど、力ずくで人を支配しようとしたり、「異なもの」というだけで人を排除したり、殺したりできる人間がいる間は、戦争のない平和な世界を作ろうと言ってみたところで、平和ぼけした人の幸せな絵空事でしかないと思う。

折りしもきのうはカレシが前から約束していたサイモン&ガーファンクルのアルバムを全部MP3に変換してくれて、飲みながらそれを聞いていた。ロック化する前のモダンフォークが全盛だった頃に出たアルバム(『Wednesday Morning 3 A.M.』)のトップは『平和の誓い』。ゆうべ不思議な夢を見た。世界の指導者が集まって、二度と戦争はしないと言う協定に調印した・・・。あの頃、ワタシは十代の後半。夜だけ聞こえて来る東京のラジオ局にかじりついて、フォークの番組に聞き入っていた。誰もいないときに(へったくそな)ギターをひきながら歌っていた。まあ、ワタシも波というものに乗っていたんだと思う。成人して初めての総選挙では社会党の候補に投票したっけな。若かったんだな。何とも気詰まりだったワタシの青春時代だけど、大人になれば何かが変わるかも、という期待感もあった。

あの頃のワタシは人生の中で一番政治的で、左に傾いていたときだった。同時にアメリカのフォークソングにすんなりと共感したのは、ある意味でキリスト教がワタシの思想に大きく影響していたからかもしれない。でも、信仰の軸がキリスト教にあるというだけで、教会という組織や形式化した儀式が好きではなかったから教会には属さなかった(今でも属していない)し、社会主義の組織的な思想統制が嫌いだったから、社会主義者にはならなかった。未成年で社会人になって初めての職場では労働基準法があたりまえに無視されていて、大人社会に痛く失望した。反体制を叫んでやがて殺し合いの「内戦状態」になった学生運動にも失望した(と言ってあの時代を知らない大卒に「大学に行かないで何がわかる」と失笑された)し、ヒッピーにも傾倒したけど、平和な日本ではただの若者ファッションになって失望したな。

青春時代は失望ばかりだったような気がする。ワタシにだって考えがあるのに誰も聞いてくれなかったし、左手が自在で楽なのに、左利きは嫁に行けない、就職できないと出来損ない扱い。だからかな、その頃はまだ主流だった見合い結婚などするもんかと、「女らしさ」に背を向けて夜な夜な天体望遠鏡を覗いていたワタシ。星も次々と生まれて、やがて死ぬのだと知ったときは不思議な感動だったな。殺さなくたって、「命」はすべて生まれてはやがて死ぬ運命にある。でも、理性を得たはずの人間は、互いを尊重して、できる限り折り合いをつけて、助け合って、みんなが命を全うできるのが理想ではあるけど、意にそぐわないものを抹消することしか考えられない/教えられていない人間や組織がいる限りは、自分の「命」を守るために戦わなければならないときもあるのが、矛盾だらけの人間の世界。若かった頃には考えもしなかったな。年を取ったということかなあ。

天才には生まれ損ねたけど

11月13日。火曜日。起床午後1時。就寝が午前5時だったから、こんなものかな。今日も雨模様で薄暗い。それ以上に、標準時間になってからは起きてすぐに暗くなってしまうから。まるで北極圏に住んでいるような気分。

ずっと待ち構えていた大仕事に取りかかった方がよさそうなんだけど、1日休みにしてしまうとなかなかすんなりとは仕事モードに戻れない。わかっちゃいるけどそうなるのはもともとぐうたらな性分だからで、そこのところもわかっちゃいるけど、ぐうたらなせいで何もしないから、何も変わらない。今日も今日とて、朝食後のコーヒーを飲みながら、しばしの読書。いやあ、ファインマン先生、一生に一度でいいから会ってみたかった。時には突飛に見える発想にうんうん、そうそうと共感してしまう。頭脳のレベルに雲泥の差があるのはわかっていても、ついこの人となら話が合いそうと思ってしまう人の典型かな。本を読んでいるとたまにそういう人に遭遇する。でも、会うことができたら、ワタシは憧れいっぱいの視線でぼ~っとしてしまうかもしれないな。それでも、恋に落ちたときの「ぼ~っ」とはまた違った感覚のようで、恋愛とは別の次元でこんな風にうっとりさせてくれる人がワタシの「タイプ」なのかもしれない。(何となくアイン・ランドのヒロインを思い出すけど・・・。)

どうもワタシには相手が誰であっても気後れしないところがあるらしくて、通訳をやっていたときに日本側のエライ人たちに態度がでかいと言われたことがあるし、カナダで最初に勤めたところではかなりの物議をかもしたこともあった。勤め先は日本の当時は超がついた大企業のカナダ法人の合弁子会社。あるとき、その超大企業の(当時は)社長が大名行列みたいな数のお供を連れてやって来て、会議室に鎮座。一番下っ端のワタシがお茶を出すことになったけど、みんなご立派で誰が誰やら見当がつかないもので、端から順にぐるっとお茶を配ったら、「なぜ社長に一番先に出さなかった。失礼も甚だしい」と駐在ボスに叱られて、どれが社長かわからなかったと言ったら、日本では総理大臣の方から会いに来るほどエライ人なんだ!と、よけいに叱られた。そんなこと言っても、ワタシは知りまへんがな。

あとで日系三世の取締役が「いい服を着たどんぐりだと思えばいいよ」と耳打ちしてくれて笑ってしまったけど、そのエライ社長、バブル景気の頃にさすが!という発言をして内外のメディアの失笑を買い、最後は汚職事件に関与して逮捕されたそうな。ま、そういう人が上に立っている企業だったということだけど、ワタシが日本で社会人をやっていた頃に勤めた日本的な会社は田舎の同族経営の会社で、それもわずか10ヵ月だったから、日本のOLに求められる資質もなかったということかもしれない。その田舎の会社も地元では老舗だったけど、当時の労働基準法では未成年者の深夜労働が禁止されていたのに、月の残業時間はあたりまえに7、80時間で、夜中過ぎまで残業をさせたり、日曜出勤もざら。それでも午後7時になると誰かが勝手にワタシのタイムカードを押すので、深夜労働をしていないことになって、おまけに残業手当はなし。ま、この会社のエライさんたちも後に選挙違反か何かで根こそぎ逮捕されたっけ。

何の本だったか忘れたけど、「組織全体の知性はその組織を構成する個人の知性よりもずっと低い」、つまり、個々の人は優れた能力を持っていても、集団になると、そして大きな組織になれるにつれてバカになると言っていた。それぞれはすごい知識や能力を持った人たちであっても、組織に組み込まれると誰かがやっているだろうと自分で考えなくなり、やがて組織全体の能力は所属する個人の能力よりも低くなるということらしい。企業であれ、国家であれ、「組織」というのはそれを構成する人の「性格」を反映するものだと思うけど、それがたとえば企業風土と呼ばれるものなのかな。そうなったら個人の知識や能力は逆に統治の邪魔になるのかな。逆にバカな組織の中で朱に染まっておバカになるのかな。それも生存競争で生き残るための知恵のひとつかもしれないけど、それが「風土病」になったら、組織全体の生き残りにも影響して、結局みんな共倒れになるのか・・・。

ワタシはいつも組織や標準枠からはみ出してしまう外れ値で、小学校5年のときだったか、つり鐘型のSS何とかという評価方法が導入されたことあって、見ると何と右端のぺっちゃんこのところに印がついていて、鐘のてっぺんでなかったのがショックだった記憶がある。あんがい子供心にトップに立ちたい願望があったんだろうな。親にも子供にも理解されなかったらしく、あの評価方法は1年きりだった。でもまあ、外れ値だからこそ、今こうしてひとりでオフィスに籠って、仕事に追われながらもけっこう楽に生きていられるんだろうから、良しとしなくちゃ。

うたかた政党はかつ消え、かつ結びて・・・

11月15日。木曜日。眠い~。ちょうど心地良く眠ったところで、カレシが突然ライトを点けたもので目が覚めてしまって、そのままいつまでもウトウトの状態。何かがピーコ、ピーコ言っていて、どこから聞こえるんだろうと探し回っているうちに目が覚めたら、目覚ましが鳴っていた。あ~あ、今日はバタバタの木曜日だ・・・。

きのうはすご~く根を詰めて仕事をした。原稿を開けてみたら、英語。そっか、日本語訳の注文だった。でも、この英語がまたすごい。ヨーロッパにある国際組織が書いて、公式に出したもので、いつも思うんだけど、ヨーロッパには「イギリス」という英語の総本家みたいな国があるのに、何でこんなはちゃめちゃな英語文書を堂々と出すんだろうなあ。イギリスはEU加盟国なんだし、国際組織なんだから、イギリス人の職員のひとりやふたりいそうなものだけど。まずもってコンマがない。(なくてもいいところにないだけマシだけど。)おまけにコンマ抜きの長いセンテンスに動詞が3つもあったりするから、何が何して何になるのやら。まあ、こんなもん読めねぇよということでワタシのところに回って来るんだろうけど、ワタシだってわかんないものはわかんない。もっとも、原稿が日本語のときは「この日本語、わかんな~い」となるから、翻訳するときのワタシの言語中枢の働きに問題があるのかもしれないけど。

それでも日本語訳の用語はやっぱり英和辞典。出番がなくて本棚で埃をかぶっていた『科学技術35万語大辞典』という、手首を捻挫しそうなくらい思い辞典を出して来た。2千ページ以上あって、虫眼鏡が要りそうなくらい小さい字がぎっしり。フリーランスとして旗揚げして3年目だったか、10万円以上はたいての「設備投資」。和英版は買おうかなとは思ったけど買わなかった。いずれ英訳にシフトするとは夢にも思っていなかったし、英和よりも高かったし、だいたい欲しくてもどこにも売っていなかったし・・・。あれはまだ便利なネットもグーグルも(そういえばウィンドウズも)なかった頃。辞典や事典はビジネスの設備投資と思って、日系の本屋を漁り、日本で紀伊国屋を漁りして、いったいどれくらい注ぎ込んだんだろうな。日本で買うとすごい円高だったし、カナダで買うと「ブックレート」という、ぼったくりのような特別為替レートがあったし、ゆうに500万円くらいは投資したかもしれない。それで結局は元が取れたのかなあ・・・。

新聞サイトをみたら、日本はとうとう総選挙をやることになったらしい。何だか新しい政党がまるで雨後の竹の子みたいにやたらとできて、どこがどこと手を結ぶとか、結ばないとか、水流を「強」にした洗濯機の中を見ているような感じがするな。昔、「泡沫候補」というのがぞろぞろ出たときがあったけど、今度は泡沫政党乱立の様相。世界中で政治も経済も揺れ動いているときにいいのかな。あんがい揺れ動く時代だからこそ戦国時代のようにみんな一国一城の主になれるチャンスだと思うのかもしれないけど、「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」。これでは国の統治が立ち行かないんじゃないかと思うんだけど、年中行事のように総理大臣が入れ替わる政府も、いうなれば「泡沫政府」みたいなもんだなあ。

まあ、大宇宙の時間スケールで見れば、星もうたかたのごとく「かつ生まれ、かつ死に、久しく輝きたるためしなし」なんだけど、といって長明センセイみたいに「この世は無常である。やんぬるかな」なんて嘆いてばかりで何もしないから、無常であるはずの世の中は頑として変わらない。矛盾しているな。うたかた。泡沫。あぶく。バブル。結んで消えた後にはいったい何が残るのか。水はうたかたがどうなるかなんてことにはおかまいなく、今日もひたすら前へと流れる。科学的に考えると、流れっぱなしではなくて、川を流れ下った水は大海に出て、やがて雲になって、陸地に雨となって降り注いで、川を作って流れるから、元の水と言えそうだけど、ぐるぐると無限に循環を繰り返しているわけで、大枠を見ると不変だけど、定点から見るとやっぱり無常ということか。まあ、無常であることこそが唯一の常住の真理なんだと思う。でも、水が変われば変わるほど、変わりたくないのが人間てもので・・・。

あまりとほうもないことを考えて頭がくたびれて来ないうちに、仕事、しようよねっ。