喧嘩は得意なほうではない。
身体を駆使するほうも、ことばでやりあうほうも。
まず身体。
そもそもが、いじめられっこだったわけである。
やり返せばいい―と、ひとはいうが、痛みを与えるのも受けるのもイヤだった。
そのくせ、映画『キャリー』(76)を観てヒロインに自己投影し、加害者を惨殺するという夢想に耽る。
臆病だったのだろう、
現在の中途半端なビジュアル―似非マッチョ―は、それの裏返しというわけだ。
似非とはいえマッチョになった結果、どうなったか。
無駄に自信がつき、一時期、ほんの一時期だけだが喧嘩上等みたいな感じになった。
で、いっぱい痛い思いをした。
痛い思いもさせた。
身体感覚で分かったのは、暴力はろくなもんじゃないってこと。
とくに映画の世界では、胸のすく暴力というものがあるが、現実世界では、なかなかそういう実感は得られない。
格好いいことをいうようだけれど、傷つくのは身体だけではないのだよね。
こころを、ざっくりやられる。
もちろん相手は同性である。
女子に手を上げたことはない。
上げた時点で、人間失格だろう。
中学生のころだったか・・・。
男女双方から馬鹿にされるクラスメイトが居て、彼はある日、美人だが素行がひじょうに悪い女子を思いっきりぶん殴った。
凍りつく教室。
しかし彼女は泣かず、かといってやり返すこともせず、ただただ彼を睨んでいた。
ほとんどのクラスメイトが、彼を非難するような目をしていた。
ただ自分は、このときばかりは、ちょっとだけ彼のことを見直した。
褒められたことではないが、彼の怒りは性差などものともしなかったのだ。
ときと場合によっては、女子を殴ることも「あり」なのか。
とも思ったが、そのあとが怖くて、自分は出来そうにもない。
というか、幸いなことに、殴りたくなるほどの女子に会ったことはないのである。
では、ことばの喧嘩はどうか。
身体と同様、少年時代は大の苦手だった。
なにからなにまで自信がなかったのである。
打ち負かす自信はおろか、打ち負かそうという発想さえ浮かばなかったのだ。
批判されたら、とりあえず「ごめんなさい」と謝る。
ちがうなぁと思っても、ヘラヘラ顔で否定も肯定もしない。
それが変わったのは、やっぱり上京してから。
映画好きではなく映画小僧を自称するようになり、
生意気にも女子と交際なんかして、
酒を呑む機会が増え、
そして、やっぱり似非ではあるものの、ライターを名乗るようになって、
口喧嘩というか、議論「みたいなもの」が、なんとなく好きになっていく。
前述したように得意ではないけれど、まぁ、好きは好きだよと。
あまりにも(少年時代と)変わったものだから、同級生たちから「東京で、なにがあった!?」なんて聞かれたけれど、環境と経験かなぁ、やっぱり。
というわけで。
今回の初体験テーマは、「女子との口喧嘩」。
(同性との)身体のやりあいは、随分前に取り上げている。
18歳のころ、働いていた新聞専売所「前の路上」で、同期があまりにもしつこく絡んでくるものだから腹が立ち、彼のボディに二発三発と喰らわせた・・・ら、彼は恐怖のあまり脱糞してしまった、、、という、どうにも気の抜けるエピソードである。
今回の相手は、女子。
しかし繰り返すが、女子に手を上げたことはない。
が、口喧嘩くらいはしたことがある。
何度か、ある。
そのいちばん最初を、思い出してみよう・・・。
トップ画像は、口喧嘩から殴り合いに発展した夫婦の物語『ローズ家の戦争』(89)だが、彼ら彼女らに比べれば、じつに小さい口喧嘩ではあるけれど、、、。
つづく。
※『アウトレイジ』より、口喧嘩というより恫喝のやりあい
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
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明日のコラムは・・・
『初体験 リッジモント・ハイ(48)』
身体を駆使するほうも、ことばでやりあうほうも。
まず身体。
そもそもが、いじめられっこだったわけである。
やり返せばいい―と、ひとはいうが、痛みを与えるのも受けるのもイヤだった。
そのくせ、映画『キャリー』(76)を観てヒロインに自己投影し、加害者を惨殺するという夢想に耽る。
臆病だったのだろう、
現在の中途半端なビジュアル―似非マッチョ―は、それの裏返しというわけだ。
似非とはいえマッチョになった結果、どうなったか。
無駄に自信がつき、一時期、ほんの一時期だけだが喧嘩上等みたいな感じになった。
で、いっぱい痛い思いをした。
痛い思いもさせた。
身体感覚で分かったのは、暴力はろくなもんじゃないってこと。
とくに映画の世界では、胸のすく暴力というものがあるが、現実世界では、なかなかそういう実感は得られない。
格好いいことをいうようだけれど、傷つくのは身体だけではないのだよね。
こころを、ざっくりやられる。
もちろん相手は同性である。
女子に手を上げたことはない。
上げた時点で、人間失格だろう。
中学生のころだったか・・・。
男女双方から馬鹿にされるクラスメイトが居て、彼はある日、美人だが素行がひじょうに悪い女子を思いっきりぶん殴った。
凍りつく教室。
しかし彼女は泣かず、かといってやり返すこともせず、ただただ彼を睨んでいた。
ほとんどのクラスメイトが、彼を非難するような目をしていた。
ただ自分は、このときばかりは、ちょっとだけ彼のことを見直した。
褒められたことではないが、彼の怒りは性差などものともしなかったのだ。
ときと場合によっては、女子を殴ることも「あり」なのか。
とも思ったが、そのあとが怖くて、自分は出来そうにもない。
というか、幸いなことに、殴りたくなるほどの女子に会ったことはないのである。
では、ことばの喧嘩はどうか。
身体と同様、少年時代は大の苦手だった。
なにからなにまで自信がなかったのである。
打ち負かす自信はおろか、打ち負かそうという発想さえ浮かばなかったのだ。
批判されたら、とりあえず「ごめんなさい」と謝る。
ちがうなぁと思っても、ヘラヘラ顔で否定も肯定もしない。
それが変わったのは、やっぱり上京してから。
映画好きではなく映画小僧を自称するようになり、
生意気にも女子と交際なんかして、
酒を呑む機会が増え、
そして、やっぱり似非ではあるものの、ライターを名乗るようになって、
口喧嘩というか、議論「みたいなもの」が、なんとなく好きになっていく。
前述したように得意ではないけれど、まぁ、好きは好きだよと。
あまりにも(少年時代と)変わったものだから、同級生たちから「東京で、なにがあった!?」なんて聞かれたけれど、環境と経験かなぁ、やっぱり。
というわけで。
今回の初体験テーマは、「女子との口喧嘩」。
(同性との)身体のやりあいは、随分前に取り上げている。
18歳のころ、働いていた新聞専売所「前の路上」で、同期があまりにもしつこく絡んでくるものだから腹が立ち、彼のボディに二発三発と喰らわせた・・・ら、彼は恐怖のあまり脱糞してしまった、、、という、どうにも気の抜けるエピソードである。
今回の相手は、女子。
しかし繰り返すが、女子に手を上げたことはない。
が、口喧嘩くらいはしたことがある。
何度か、ある。
そのいちばん最初を、思い出してみよう・・・。
トップ画像は、口喧嘩から殴り合いに発展した夫婦の物語『ローズ家の戦争』(89)だが、彼ら彼女らに比べれば、じつに小さい口喧嘩ではあるけれど、、、。
つづく。
※『アウトレイジ』より、口喧嘩というより恫喝のやりあい
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