よく泣く。
まーーーーず、よく泣く。
そのうえ、すぐ泣く。
もらい泣きもする。
年がら年中、目を腫らしている―そんな感じ。
泣くシチュエーションの8割が映画鑑賞、1.5割がスポーツ観戦、残りが実生活か。
今年、泣いたかって?
イエス。
楽天日本一の瞬間。
これは正確には潤んだだけで、落涙まではしなかった。
『風立ちぬ』では、きっちり泣いた。
いい鑑賞のしかたではないと思うが、筋がどうこうではなく、宮崎爺の作家魂に泣かされた。
『風立ちぬ』は何度も鑑賞して3度目まで泣いたが、しかし、これでも涙の量としては少ないほうである。
滝のように泣いた映画を5つ挙げてみる。
『カノン』(98)
オヤジの最後の嗚咽に泣かされた。
『奇跡の海』(96)
無償の愛を貫くヒロインが痛々しくて、泣いた。
『ロッキー2』(79)
後述する。
『魔女の宅急便』(89)
特別な作品なものでね、どのシーンでも泣けちゃうのだ、なぜか。
『サイダーハウス・ルール』(99)
後述する。
オメー、『ロッキー』の、しかも2作目で泣くの? と突っ込まれることもしばしばだが、あれは泣ける。
ロッキーがアポロに勝ったからではない、エイドリアンが不細工なのに難産で苦しみ、ロッキーがトレーニングに集中出来ないからだ。
ふざけた感じで書いているが、思い出しただけで泣ける。
映画が始まって最短で泣いたのは、たぶん『サイダーハウス・ルール』(トップ画像)だろう。
主人公の生まれかた、育ちかたをナレーションで説明する冒頭で泣いた。
いわゆる孤児だが、最初のもらい手の夫婦は「赤ちゃんなのにぜんぜん泣かないから気味が悪い」と返しにきて、次のもらい手の夫婦により「泣きやまない子」になってしまった―そう、虐待されたであろうことをにおわせるような語りなのである。
不憫な主人公、しかしマイケル・ケインによる語りは「よくあることなのだ」というような感じ。
その映像の雰囲気と、ナレーションの調子に泣かされてしまったのだった。
自分が弱いのは、「ひとしれず努力している場面」かな。
あとは不遇な状況に置かれているにも関わらず、そのことで落ち込まず、淡々と日々を送る姿、、、とか。
そんなわけで今年最後の初体験シリーズは、「初めて泣いた日」でいってみよう。
年齢的なくぎりを設けないと、皆が「生れ落ちた日」と答えることだろう。
実際にそうだろうが、もちろん覚えていない。
少年期に絞ってもいいが、自分くらい泣き虫だと「どれが最初か」判然としない。
だからここでは「成人後に初めて泣いた日」、しかも「映画鑑賞、スポーツ観戦以外」「近親者の死以外」で・・・という条件を設けることにする。
そうしないと自分の場合、「かーちゃんが死んだ日」になってしまうので。
それでもいいが、かーちゃんが死んだ日のことは飽きられるほど書いてきているのでね。
といいつつ、これから書く話にも、かーちゃんが深く関わっているのだけれども。
成人後、初めて泣いたのは25歳の秋のことだった―。
つづく。
※『サイダーハウス・ルール』エンディングの短縮版。
途中に出てくる駅員さんは、原作者のジョン・アーヴィング。
主人公の帰還を静かに喜ぶ少女の笑顔が素敵、こういうシーンをきっちり演出できるところがラッセ・ハルストレムの素晴らしい点だと思う。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
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明日のコラムは・・・
『初体験 リッジモント・ハイ(62)』
まーーーーず、よく泣く。
そのうえ、すぐ泣く。
もらい泣きもする。
年がら年中、目を腫らしている―そんな感じ。
泣くシチュエーションの8割が映画鑑賞、1.5割がスポーツ観戦、残りが実生活か。
今年、泣いたかって?
イエス。
楽天日本一の瞬間。
これは正確には潤んだだけで、落涙まではしなかった。
『風立ちぬ』では、きっちり泣いた。
いい鑑賞のしかたではないと思うが、筋がどうこうではなく、宮崎爺の作家魂に泣かされた。
『風立ちぬ』は何度も鑑賞して3度目まで泣いたが、しかし、これでも涙の量としては少ないほうである。
滝のように泣いた映画を5つ挙げてみる。
『カノン』(98)
オヤジの最後の嗚咽に泣かされた。
『奇跡の海』(96)
無償の愛を貫くヒロインが痛々しくて、泣いた。
『ロッキー2』(79)
後述する。
『魔女の宅急便』(89)
特別な作品なものでね、どのシーンでも泣けちゃうのだ、なぜか。
『サイダーハウス・ルール』(99)
後述する。
オメー、『ロッキー』の、しかも2作目で泣くの? と突っ込まれることもしばしばだが、あれは泣ける。
ロッキーがアポロに勝ったからではない、エイドリアンが不細工なのに難産で苦しみ、ロッキーがトレーニングに集中出来ないからだ。
ふざけた感じで書いているが、思い出しただけで泣ける。
映画が始まって最短で泣いたのは、たぶん『サイダーハウス・ルール』(トップ画像)だろう。
主人公の生まれかた、育ちかたをナレーションで説明する冒頭で泣いた。
いわゆる孤児だが、最初のもらい手の夫婦は「赤ちゃんなのにぜんぜん泣かないから気味が悪い」と返しにきて、次のもらい手の夫婦により「泣きやまない子」になってしまった―そう、虐待されたであろうことをにおわせるような語りなのである。
不憫な主人公、しかしマイケル・ケインによる語りは「よくあることなのだ」というような感じ。
その映像の雰囲気と、ナレーションの調子に泣かされてしまったのだった。
自分が弱いのは、「ひとしれず努力している場面」かな。
あとは不遇な状況に置かれているにも関わらず、そのことで落ち込まず、淡々と日々を送る姿、、、とか。
そんなわけで今年最後の初体験シリーズは、「初めて泣いた日」でいってみよう。
年齢的なくぎりを設けないと、皆が「生れ落ちた日」と答えることだろう。
実際にそうだろうが、もちろん覚えていない。
少年期に絞ってもいいが、自分くらい泣き虫だと「どれが最初か」判然としない。
だからここでは「成人後に初めて泣いた日」、しかも「映画鑑賞、スポーツ観戦以外」「近親者の死以外」で・・・という条件を設けることにする。
そうしないと自分の場合、「かーちゃんが死んだ日」になってしまうので。
それでもいいが、かーちゃんが死んだ日のことは飽きられるほど書いてきているのでね。
といいつつ、これから書く話にも、かーちゃんが深く関わっているのだけれども。
成人後、初めて泣いたのは25歳の秋のことだった―。
つづく。
※『サイダーハウス・ルール』エンディングの短縮版。
途中に出てくる駅員さんは、原作者のジョン・アーヴィング。
主人公の帰還を静かに喜ぶ少女の笑顔が素敵、こういうシーンをきっちり演出できるところがラッセ・ハルストレムの素晴らしい点だと思う。
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