弾き終へて時雨の音の中にかな
ともこさんは、長年(なんと80年)もピアノをされていらっしゃる方。俳句は20年とのことですが、合わせて100年。渾身の句集を出されました。
多くが音楽が聞こえてくるような句です。
冒頭の代表句は、一心にピアノを弾いて、その音が消えたとき、時雨の音の中にいた。という美しい調べの句です。
万を超す楽譜に春の目眩かな
楽器庫に皮のにほひや梅雨深し
写譜用の鉛筆ちびて夏の朝
一つのことに精進した方が俳句をやると、その心構えが違います。詩心がきちんと根底に感じられ、どの句も読み手の心の弦をはじいてくれます。音楽の句以外では、
あつといふ顔の鰯や網の上
風薫るピアノの下もモップ入れ
凩やすとんと老いて粥を煮て
電柱の根元に梅雨の闇の濃かり
青すだれ琴の木目は水に似て
ぬんめりと椅子に置かれし毛皮かな
極月や足湯の中に足ゆがみ
触れてみし子宝石に春の冷え
俳句という座は、老若男女、社会的地位など関係なく対等というのが嬉しい場です。ともこさんとは、長年句座をともにしていましたが、ずっとご自宅でピアノを教えてらしたのかなと思っていました。ところがある日、ある方に「ともこさんって、すごいのよ。音大では小澤征爾と同級生でらして、大学でピアノを教えてらしたんですって」と、ええ、ピアノの教授? と! なりました。私のようなただのおばさんには、普通だったら知り合うこともないような方。でもともこさんも、句会ではただのおばさんで(失礼)、その後もずっと気さくにおつきあいをいただいています。
知り合いの句集の出版が相次ぎ、嬉しい受賞のお知らせも届いています。でも5月にある2つのお祝い会は、やむなく欠席。申し訳なく思っております。