fromイーハトーヴ ーー児童文学(筆名おおぎやなぎちか)&俳句(俳号北柳あぶみ)

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森高弘句集『光れ光れ』

2022年11月01日 | 本の紹介
 
 句集をご恵贈いただくと、まず序文を読む。あとがきがあれば、後書きを次に読む。
 ふむふむ、いいぞ。
 そして、句を順番に読み進む。
 高弘さんとは、何度も句座を共にしていて、ツイッターの相互フォローもしているけど、俳句界にとても詳しい方という印象。
 以前は短歌をやってらして、歌集も出されているので、短歌界にも詳しい。
 でも、俳句をやってることで何者になれる人なんて、一握りもいない。結社の主宰だって、私は存じ上げない名前の方がずっと多いくらいの世界であって、主宰をやってらしていても、それで食べていってる方は、ほんのほんの一握り。高弘さんは、そこを目指していらっしゃるのかなあ。大変だなあと、常々思っていた。
 そう、有名になりたい、という。
 そのあたりを、今回素直に吐露されていて、よかった。
 そして、俳句がよかった!
 正直言って、有名になりたい気持ちのほうが、俳句を上回っている印象だったから。
 難しいことだけど、この方の俳句だけを読んでいたら、もっと印象が違っていたかも。と、読後思った。(すみません、正直なところです)

 年守る店守りとして立ちながら
 螢籠光れ光れと夜明けまで
 雨傘を束ね捨つるやみどりの日
 河豚食ふに上るや夜の神楽坂
 十五夜の神事立つたり座つたり
 靖國祭ここも右折はできぬらし
 冬告ぐる雷とどろくや宴あと
 雛の間やひとり二つの膝小僧


 この句集のどこかの一句が誰かの心に残れば、それでいいのでは? 違うのかな。 私の心には、雛の間やひとり二つの膝小僧 が特に残りましたよ。
 主宰も、序文に書いています。俳句は夏炉冬扇のようなもの(芭蕉の言葉)。それをやってるからといって、役に立つということでもないのです。
 いくらやっても、これでいいということもない。
 時々、なんのためにやってるんだろうと思ってしまう。
 あー、でも無性に吟行がしたい。吟行して句会して、楽しかったあの日! うん、やっぱり楽しいからやってるんだよ、ね、高弘さん! 

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