私は、
セーターが買えない。
おはようございます。
売り場のセーターを見ると、
「うわ~、これいいな~。」と思う。
もしかすると、誰よりもそう思っている。
ニット製品が、大好きだからだ。
だから、買えない。
その訳は、伊達に編めるからだ。
「これいいな~。」と言った次に思うことは、
「これ編めるよな~。」なのだ。
「だったら丈はもっと長めに編んだ方がいいよな~。」と、
構想だけが無限に広がっていく。
けれど、編むって大変だ。
めちゃくちゃ面倒くさい。
自慢じゃないが、私は貧乏なくせに、
なんでもかんでも、金で解決させようと思ってしまう。
面倒くさいことが、大っ嫌いなのだ。
実家のベランダの片付けを手伝った時も、
正確には私は手伝っていない。
業者に金を払っただけだ。
便利屋さんに金を払って、綺麗にして頂いた。
恋をしたって、私は金でサクッと心を買おうとする節がある。
「金、貸して」と言われれば、
迷わず「あげる!」と言ってしまう。
「何に使うの?」「返済方法は?」というやり取りが面倒くさい。
そのくせ、それほど利用された記憶はないから、運がいい方かもしれない。
というか、極端にそうだから、悪い男でも引くのだろう。
「あんたに金がかかるんなら、
もう面倒だから、腎臓売って金を作ってくるか。」
と、腎臓を一つ取り出す面倒は、そっちのけで笑う女は、もう正気ではない。
だから私は、毛糸を買い込む。
セーターを買わずに、毛糸を買い込んでしまうんだ。
「うわ~、いいな~」と思ったセーターを買わずに、毛糸に金を出す。
ひと編みひと編み、編み続ける面倒はそっちのけだ。
買う時は、そっちのけのくせに、編むのはやっぱり面倒くさい。
この、完璧にズレまくった感覚のせいで、
私はここ数年、セーターを着たことが無い。
ひと冬ごとに、毛糸だけが増えていき、なのに一切編んでいないからだ。
と前置きが長くなりましたが、
そんな買い込んだ毛糸で、やっとこさ、これ編んだで~
これも、トップダウンで編みました。
シルエット命のシンプルセーターを編むにあたって、
これ以上簡素化できないってくらい、余分な技法を省いてみたで~。
面倒くさがり屋の、編み物ならでは!
次はね、毛糸のスパッツ編むかんね。
レギンスじゃないよ。
スパッツだよ。
頑張ります!
あやさん?
浮かない顔で、どうしたの?
あや「乗り辛いのよ」
だろうね。
あや「あぁ、乗り辛い」
だったら、降りればいいじゃない?
貴女の感覚も、ちょっとズレてない?