昨夜、
また電話が鳴った。
おはようございます。
最近のかずこは、電話魔だ。
「まだ電話の機能が使えるなんて、凄いねぇ」
思わず、そう母に感心するほど、認知症は進んでいる。
ただ皮肉にも、電話魔になるというのも、進行の過程でよくある症状らしい。
仕事中に何度も何度も電話を掛けて来ては、
「わしの車はどこ行ったんや!」
と怒り狂ってみたかと思うと、
「一緒に買い物行くか?」
と誘ってきたりと、かずこの脳内は目まぐるしい。
私は、スマホが鳴るたび動悸を起こすようになっていた。
そのくせ、電話の最後に毎度必ず、かずこが言う、
「ほんじゃな。」
の響きが好きだった。
ところが、ある日、
スマホが一度も鳴らない。
スマホから離れて戻るたびスマホを確認しても、かずこからの着信は無い。
その日は、やけに昼間が長いと感じた。
「母さんは、何をしているんだろう?」
私は、鳴らないスマホの液晶に表示された日時をおもむろに見て、気が付いた。
「あっ、今日は夏至か。」
やけに昼間の長い日、
私は鳴らないスマホを見つめて、かずこの「ほんじゃな。」の響きを思い起こした。
切なくて温かな響きだ。
まるで昔、恋人が
「またね。」と笑顔で手を振った時、恋の終わりを予感させた時みたいに
切なくて温かな気持ちになった。
この人とは、きっともうすぐ、会えなくなる。
ならば、素敵な最後を迎えようと心に誓った響きだ。
夏至の日以来、かずこからの電話はぱたりと無くなったのに、
昨夜は久々に電話が鳴った。
チャー坊を実家に保護して以来、夜は実家で過ごしている。
昨夜も実家から帰ってきて、30分もしないうちに、電話が鳴ったのだ。
そんな奇行は、かずこにしか出来ないことだ。
「はい、なに?」
そう、恐る恐る電話に出ると、相手はかずこではなく、父だった。
しかも、電話口で爆笑している。
父さんまで壊れたか?と卒倒しそうになったが、
「おぉぉ、おらぁ今、どえらい大変になっとるぞ~。
チャー坊が、おれの布団でションベンしやがった~あーっはっはっは」
という父の言葉に、私は別の意味で卒倒しそうになった。
チャー坊が、粗相した?!
これは、えらいこっちゃ。
「どうしよう?どうしよう?」
よりによって、潔癖症の父さんの布団に粗相してしまった。
私は、考えを巡らそうと、チャー坊の闘病日記を見返して気が付いた。
「あっ、今日で100日か。」
昨日は、チャー坊を保護して100日目だった。
私は、100日実家へチャー坊に会いに行ったということになる。
そして100回、
「また、明日。」と言って実家を後にしたわけだ。
私は、終わるのが怖くて、だから必ず、
「また、明日。」とチャー坊に約束をする。
これもまた、恋の終わりを予感させる響きに似ている。
チャー坊?
また明日。
って、今日も始まるぞー!
かずこ、チャー坊、待ってろよ~!!