最近のかずこさんは、
さらに面白くなってきている。
おはようございます。
味噌汁、ごはん、お茶を縦に並べて食べるかずこに、
「それは、食べやすい?」
と聞くと、
「どえらい、食べづらい。」
と言うかずこが、大変面白い。
最近よく、
「背中が痒い」
と訴えるかずこに、
私は毎晩、保湿クリームを塗ってやる。
昔から、
「わしは、もう早よ死にたい。」
と口癖のように言うくせに、ちょっと不安になるとすぐ病院へ行く人だった。
今でも、背中がちょっと痒いだけで病院へ行きたがる。
しかも、行き慣れた内科へ連れていけと言うのだけれど、
「わしは、生きれるだけ生きたい。」
と言うようになった。
どういう訳か、認知症になったおかげでなのか、
ようやく、発言と行動が一致するようになった。
「ほれ、クリーム塗ろうか?」
そう言うと、かずこは子供のように反射的に背中を向ける。
爪を切るよと言えば、その時も反射的に両手を揃えて差し出す。
まるで、母親に世話をされ慣れている子供のようだ。
そういう時の子供は、少し自慢げに見える。
だから私は、仕方ないから、
「おお、偉いな~かずこさんは。」
と褒めてやる。
「じゃ、背中捲るからね。」
そう声を掛けて、黒いTシャツを捲ると、肌ではなく、
また黒いTシャツが露わになった。
「いや母さん、何枚同じの着てんの?マトリョーシカか?!」
と言って笑うと、かずこは
「そうや。」
と、そこでも謎に自慢げだ。
かずこは、おそらくマトリョーシカが何かなんて知らない。
かずこには、あまりにも知らないことが多すぎる。
それは、昔からのことだ。
目の前の暮らしに必死だったせいかも知れない。
そう思うと、私はふと、父さんを恨めしく思う。
どうしてももっと、この人を守ってやらなかったんだと。
私は、母親に背中を擦ってもらったことも無ければ、
爪を切ってもらった記憶も無い。
目の前の暮らしに必死だった母親は、
私を見る余裕なんて無かったからだと、今の母親を見ているとそう気づく。
昔から、背中を擦って欲しかったのは、かずこ自身だった。
「わしは、ちゃんとしとる。」
と言って、ちゃんとしなくちゃっと頑張った。
「わしは、なんでも知っとる。」
と言って、訳の分からぬ世間から自分を守った。
きっと、そうだったのだろう。
今からだって、間に合うだろうか。
喫茶店で昼食を摂った後、
「かずこさん、サンドウィッチ美味しかったね。」
と、言うと、
「サンドウィッチ?わし食っとらん。」
と、全力で否定してくるが、間に合うだろうか。
この世には、案外楽しいこともあって、
すぐ側に、とっても美しい景色があるということを、
伝えられるだろうか。
「かずこさん、こっち見て!虹が出てるよ。」
かずこ「うわぁ、すごいな~。あの虹はどこから生えとるんや?」
ん?
生えてる?
虹って、生えるの?
こんな、瑞々しい子供みたいな質問の答えを、私は知らない。
そう感心していると、父さんは、
「水蒸気が、太陽に反射しとるんだ。
あっちの方で雨が降ってたということだ。」
と、きっぱり答える。
「父さん、あんたはロマンチックを知らんな!」
と、そんなことを言い合いながら、3人並んで見上げた虹は、
本当に美しかった。