もう、いいじゃん?
もう、いいじゃんね。
私は、本当にそう思ったんだ。
おはようございます。
私が暮らす部屋は、2階だ。
エレベーターもない、築51年の古いマンションだ。
私と同い年。
私は、このマンションの向かいに建つ別棟で育った。
そこから巣立ち、20年近く都会を彷徨い、
何の因果か、ここへ出戻ってきた。
昔は、側を通る小川に蛍が棲む程の田舎だった。
今は、めちゃくちゃ中途半端に人の手が加わった田舎だ。
探検したくなるような林や、隠れたくなるような茂みは消えた。
側を通る小川の岸も、防草シートがびっちり貼られてしまい、
あれ以来、蛍どころか、もう虫の音も聞こえない。
虫がいなければ、鳥もやってはこない。
嫌な静けさだ。
雑草が生い茂る景色は、実に美しいのになぁ。
そう思う私は、おかしいのだろうか?
行き場を失った虫達は、どこへ行ったんだろうと
淋しく思っていると、ある日、我が家の床をアリが歩いていた。
1ミリにも満たない、本当に小さなアリだ。
20匹くらい居ただろうか。
あの日は、チャー坊の初七日の日だった。
まるで、死んだ猫からのメッセージみたいだと思った。
どんなメッセージかなんて、そんな事はどうでもよかった。
私が何もせず、ただしみじみしているから、
我が家のおじさんが必死でアリの駆除をした。
それでも数日経つと、またアリが数匹歩いている。
そしてまた、それをおじさんが駆除して、
また数日経つと、アリが歩いている。
しかも、猫らが落としたドライフードの食べかすを運んでいた。
私は、さすがに、
「これは、チャー坊からのメッセージじゃないね。」
と我に返った。
自分の体より大きな食べかすを運んでいるアリに、
我に返った私は、
「頑張れ、頑張って」
と小声で声を掛けた。
そして、駆除をするべく雑巾を手にした男に言った。
「もう、いいじゃん?」
「えっ?なにが?」
いつも温厚な男が、珍しく苛立っていた。
「もう、いいじゃんか。
別に、この家の中で巣を作っている訳じゃないでしょ?
家を出入りしているだけなんだもん。
もう、いいじゃんね。」
私がそう言うと、男の目がまん丸になった。
「えっ?なっ・・・おかっぱちゃん、正気ですか?」
私は、正気だ・・・たぶん。
「だって、蜘蛛もよく見るよ。
蚊も入って来るし、ダニだって見えないけど、そりゃ居るでしょ?
だから、アリだって居てもおかしくないでしょう?」
私は調べた。
アリは体から出るフェロモンを道に付着させながら、
決まった道を作るらしい。
悪戯に好き勝手に歩く訳ではなく、フェロモンの道を辿る。
「このアリの道さえ避けて生活すれば、問題なくない?」
そう、何の問題も無い。
部屋の中を歩く、アリの道の景色は思いのほか面白い。
それでいいじゃんねっと私は思ったんだ。
あや「ここから・・・」
あや「あっちへ歩いていく訳ね?」
あやも、アリの道を踏まないようにしてる模様。