どっちにする?

人生って「どっちにする?」そんな選択の連続。あまたあるはずの選択肢。決めるのは自分\(^o^)/

遠足

2008-04-26 12:38:00 | しらんぷりしよう

いやあ懐かしい響きだなあ。

いつ以来だろう。遠足というか、field trip。今日は Edukation の最後の授業。インディアナ州との境に近い町に、ユニークな教育をしている学校があるということで、出かけてきた。先生と、もう一人のメンバーと、教育201 のクラスから一人の男性、そして、先生の妹さん。妹さんは、スペインに行って教育学の勉強をされたという。

朝7時前に集合。先生の豪華な車に載せて頂いての遠足になった。これが最初で最後の遠足になる。

最近は、新年を迎えたときと同じだけど逆の現象が起きている。新年を迎えると、なんでも初がつく。今は、引越しを前に、何でも最後がつく。最後の遠足だ。

学校はユニークだった。小学校だから、幼稚園から5年生までを対象にしてるらしいが、建物が三つに分かれていた。幼稚園、1-3年生、4-5年生。それぞれが立派に小学校として成り立つくらい、立派なものだった。

いろいろと面白い取り組みもあった。しかし、子供というのは、どの国もあまり違いがないのかもしれない。先生の悩みは、子供達が数学と化学に弱いこと、本を読まないこと。どこかの国と似ているでしょう?

読書では、子供達の意欲をかりたてるために、ポイント競争があった。それぞれの本には、難易度にあわせて ポイントが提示してある。子供達はいつ借りて、いつまでに読んだかを、コンピューターで管理される。9週間の期限のなかで、誰が一番ポイントを稼いだかを競う。それだけではなく、本の内容をきっちり理解しているかのテストが行われる。テストのポイントも点数になる。

誰がテストを作るのですが?と、聞いてみた。テストがある本を購入するらしい。コンピューターで試験を受ける。

子供達は9週間の後、映画とポップコーンパーティを開いてもらう。

私は正直唖然とした。テストをする?  読書のロマンも夢も打ち砕く作業だと正直感じた。

一つの本を読んででる答えってなんだろう。国語の長文読解に似ている。

私は高校の時、作者の意図は?とか、作者の気持ちは?という、問いに、自分が感じたことを書いた。それが間違いだと言われると、何か納得できなかった。漢字には正しい答えがあるだろう。指示語にも正答があるかもしれない。

しかし、本から、何を読み取るか、何が作者の意図かに、誤答、正答があるのだろうか。

小学生の子供達に動機付けは必要かもしれない。でも、本来の読書の楽しさを、子どもたちは失ってしまうのではないかと、危惧した。本は自由に読んでいいし、発想の自由がなくて、どこに読書の楽しみがあるのだろうか。

子供達の前に人参を放り投げるのは止めて欲しい。競わせることで創造性は出てこないと、直感で感じる。でも、論拠はない。ただ、もっと正攻法で行こうよ、と、私はおもった。子供達を信じるべきだとも思った。

しかし、自分達のやり方に自信をもたれている方に、異論を唱えるのは難しい。というか疑問を提示することもできなかった。

素直にはいはいと頷いてきた。なんだ、日本がどうの、USがどうのと、以前に書いたが、同じではないか。一人で納得ができないと、反対の意思を示した、三男を改めて尊敬した。

ひとつのことに関しては異論ありだったが、面白い取り組みは随所に見られた。おいおい紹介いたします。

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くれる、もらう、あげる

2008-04-19 09:16:33 | しらんぷりしよう

標記の動詞について、日本語のクラスの授業があった。ダイアログという、会話方式で生徒達は練習する。ポイントは、やりとりの主語が誰なのか、目的格が誰なのかになる。そこの違いで、動詞の使い方が違ってくる。

 

最初、その使い分けを自然にやっている私、日本人には何を説明しているのかちょっとわかりにくかった。

この三つの動詞を英単語に直すと、give と receive になる。

括り方が面白くて、くれる は give to me であり、あげるは ただの give そして、もらう がreceive になるという。

 

くれる は ちょっと私としては、receive という動詞ではないかと思ったのだが。。。主語はあくまでも、自分ではないので英単語では giveになる。

 

自分を主語にもできるが、その場合、受動態ということになるのだろう。えっと、でもその場合は もらう という動詞に変わるのかな????

 

なんだか、途中で私の方が、こんがらがって頭が痛くなってきた。

 

そんななか、生徒達はそれを理論だてて理解しようとし、先生の説明も生徒達が理解しやすいように、理詰めでいく。

 

逆の場合、私もそうだった。英語のイディオムにも、どうしてこの単語を使うのだろう、理論立てて説明して欲しいと思ったものだ。

 

でも、だからね、言語って日常的に使うほど、それは使えるようになるのであって、理論的に説明できないこともあるし、説明しようとすれば無理が出てくることもある。。。なんて、自分で思ったりした。

 

日本語が相当上手な先生は、インプットの量が決定的にその人の言語能力を決めるのだとおっしゃった。なんだか、自分の英語のことを言われているような気がした。逆の立場の勉強は、実に私を目を覚まさせるのに有効だ。でも、そういうときに帰国が決まるのよね。あと、二ヶ月もない。

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避けて通りたい

2008-03-08 09:51:15 | しらんぷりしよう

避けて通れるものなら避けていたいと思うが、避けていられないものがある。

年齢かな。若いと思っているのは自分だけで、そうでもない。

めまいに始まり、集中力が異常にない。普通のめまいではない。いつも頭の中が、グウアングアンと回っている。

きたね!と、これが噂の○○障害に違いないと思う。

テニスの更衣室で、ちょっとお姉さまたちに現状を話すと、ははははは。。。。私は、終わったよと、高らかな笑い声。こういうところは、米人と関西人は共通するものがある。

私も、どこか西の人間で(関西人ではない)、うつうつと思うよりは、一緒に笑ってもらおうとする。これって、サービス精神とかではなく、もう根っからもっている性質としかいいようがない。自分をまな板の上に乗せて、人と一緒に笑ってしまおうとする。

 

客観視するとかそういう高レベルではなく、ただ、性質としかいいようがない。

 

今のところ、それでも○○障害と明るく向き合えるのは、ランニングがあるからと信じて疑っていない。

走っていると、確かに目は回っていても、得るもののいっぱい。自然の気を感じることは。ちょっと表現のしようがない。

 

偶然にも空と同じ色のシューズを新調した。軽くて、幅広で最高。鮮やかな色は、気持ちも軽くしてくれる。

実は、ま黄色の靴を探していたが、気持ちを変えて空色にした。

両足の靴の色を変えて、レース会場で、片割れを探す・・・なんて、どうだろうかと考えてみたりした。いいよねえ。ロマンティックだ。

日本から、義理の姉がサプリメンを送ってくれる。日本では漢方薬を処方してもらうらしい。こちらのホルモン剤は恐ろしくて飲めない。

しかし、ことは薬なしでいられるような感じではない。とにかく頭が常に回っていて、本も読めないのだから・・・・。ドラマは観れるけど・・。

考えてみると、義姉は私より長く、私の旧姓を名乗っている。ありがtくて、嬉しくて・・・お姉ちゃんがいる喜びは、兄がいるのとちょっと違う。月日の流れもある意味素敵だなあと思う。兄だけでなく、私にはいつの間にか姉がいる。

月日の流れにあわせて、得るもの、失うもの、いろいろある。

 

 

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餅は餅屋

2007-03-06 22:32:30 | しらんぷりしよう

餅は餅屋と、日本ではいう。

専門家の仕事は、さすが専門家と言わせるものがある。・・・・つまり、専門的な仕事は専門家に任せたほうがいい。。と、理解している。

こちらでは、DIY( DO IT YOURSELF) が、日常になっている。

ちょっと日曜大工なんてもんじゃない。素人と玄人の区別がつかないほどだ。ホームセンターに行くと、便器から、家のドアから、なんでも、実物サイズで売っている。小さなねじの種類も何種類も売っている。小さなものから大きなものまでなんでも売っている。つまり需要があるということだ。

こちらの男性はなんで、こんなに物知りなんだろうと思うくらいに、家、から車から、何でもメンテナンスしてしまう。暖房が壊れたからと大家に電話すると、警察官の若いオーナーの弟さんが、暖房器具をかってきて直していく。一応集中暖房システムなので、その大きさはもちろんのこと、技術もいるだろうに・・・・・。

床のじゅうたんも張り替えてくれるし、庭の芝を手入れに来てくれるし、雪がひどいときは雪かきにも来てくれる。それらは手作業ではなく、専用の機械を運んできてしてくれる。つまり何種類もの機械を使いこなしてもいる。

トレーラーを引いてくるときもあるし、作業用のトラックで来てくれることもある。大学時代は、アメフトの選抜選手で、日本に遠征試合に来たこともあるという、ハンサムな警察官。自分の仕事をして、その後に来てくれるから、なんとも頭が下がる。一方、専門家に頼まないから、相当の経費節約にもなっているだろうと予想する。

体の小さな日本人の友人が、家のカーテンを作り変えるという。我が家と違って、相当大きなうちで、天井も高い。横も縦も私の半分しかないような彼女が、家中のカーテンをはずし、壁紙をはがし、家を暮らしやすいものにしていくらしい。どこにそんな力があるのだろうか・・・・・・。

まあ、そこまでこだわらないといったら、それまでだが・・・・餅は餅屋と 最初から胡坐をかいている私との間に、長い人生においては相当の差が生まれるだろうと思う。

何の差か・・・・・ちょっと今はわかっていないけれど、時間の使い方が上手でなくてはできないことだろう・・・とだけ、はっきりわかる。実は、それが決定的な差になるのかもしれないな。 

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サッカー観戦記

2006-10-20 22:03:20 | しらんぷりしよう

所かわれば面白いよ。

サッカーといっても、地元高校の試合の観戦。当地ではサッカーは人気がないので、なんとも気の毒になる。アメフトの試合とは大違い。チアーリーダーもバンドも来てくれない。なによりも観客も来てくれない。静かなもんだ。聞こえてくるのは、元気のいい、おとうさん、お母さんの、チームの子供達の名前を連呼する声かな。

そんなで、つい親も必死になるからだろう、どうも、サポーター同士の衝突事件があったらしい。要は、我が子可愛さの親同士の喧嘩であって、決してサッカーをめぐるサポーター同士の喧嘩ではないような・・・・。昨日も審判のジャッジに怒った親が大声を張り上げていた。これが、もっと小さいガールズの試合になると、子供が蹴られたり、倒されたりした場合、誰よりも早くその子の父親がフィールドの中にかけつけ、審判に相手にカードを出せと詰め寄るらしい。その次にコーチが出てきて、親をなだめる役に回るらしい。そんなエキサイトした親をなだめるのが審判の仕事でもあるらしいから、審判でアルバイトをしている、息子の英語力には脱帽してしまう。(ここで暮らした日数は同じなのに・・・・)

そうそう、審判の制度も面白くて、審判団体が組織されている。ボランティアではあるが、有償でもある。昨日の試合は、主審が50代後半の方、副審は30代の人と50代くらいの人だった。高校の試合で、主審が50代後半だとやはり無理がある。実は私も少しは、審判の経験があるから生意気にもそんなことも思ったりする。

やたら反則を取るし、カードも結構安易に出す。ジャッジは簡単に変える。あれ?さっきと手が反対でしょう。コーナーもゴールキックも簡単に変更される。

かと思えば、やたら副審に相談にいったり、選手と話し合ったりしている。へえ?私は、審判は試合中には声をだすなと指導された。ホイッスルひとつ、ジャスチャーで相手を納得させるような審判でなくてはならないとね。だから、妙な感じがする。

芝生がぬれていて滑りやすかったために、副審の方も転んでいた。なんとも気の毒だった。

試合は勝った。次の試合も楽しみだ。

写真は活躍する息子  地元新聞より  へへん!しかし、ゴールシーンはないの?

 決してマイピクチャーではありません。私ならもっといい写真撮るよ!!
 

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性格

2006-09-24 01:22:21 | しらんぷりしよう

人の性格は千差万別。知っているたつもりだったけど・・・・。

新しい組織を立ち上げることになった。いろいろあって、足踏み状態が続いたが、なんとか始めてみることになる。

組織作りからはじまり、第一回目の企画を考えるところまで進む。時期的に、りんご狩、でっかいかぼちゃ(ハローウィンに出てくるあれ)狩は、今しか出来ないらしい。

意見をリードしていく積極派、細かい慎重派、誰の意見にも同調しているようでしかし、どれにも同調していない派、おおまかにこんなところに大別できるかな。今日の参加者はそんな感じだった。

A型人間の私は、おおらかそうに見えて、実は慎重派。石橋は時に飛び越えることもあるが、だいたいはたたきにたたいて、渡らない。あんまりたたきすぎると、渡れないのかも知れない。

自分の中で葛藤している分にはなんにも問題がない。しかし、意見として外側に出ると、自分でも面白いほど、私は慎重派に変わる。

そして、やってみようよ、どうにかなるから・・・・とは、どうしても思えない。自分ひとりのことではそういうスタンスだが、周りを巻き込むとなると、そうは思えない。気を遣い、疲れ果ててしまうし・・・・どうにかなるという人には、いったい何をかんがえてるのだろうと。。。。理解できなくなる。

すこし時間を置くと、いろいろな性格、考え方、加味して、考慮して、理解して・・・と、心から思う。しかし、なにぶん行動を起こすとなると・・・・取り越して、様々な場面を想定してしまう。杞憂だといいのだけど。・・・・・

投げやりにならず、違う意見を尊重する。これが、結構、難い・・・・と思う。

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時差

2006-09-12 10:37:30 | しらんぷりしよう

お誕生日おめでとうとメールをもらう。でも時差が有ってさ。私の誕生日は10日なのです。10日に書くと11日の日付になります。

今年は日本へ帰ります。ビザの更新があり、ちょっと忙しくなりそうだけど、年末、クリスマス前に帰って、年始早々に戻る感じでしょうか。年始のお祝いはこちらはないので、2日から普通に出勤。私のクラスも始まることでしょう。

ちょっとでも、チュウハイのみにいくからね。よろしく!!

仙台、名古屋、東京、岡山 という強行軍になりそうです。

さて、話戻って時差は大変です。これがあるために、ちょっと帰国!と思っても躊躇してしまうのです。おいしい日本食にはひかれるけど・・・・・

時差ぼけとは・・・・ジェットラグと英語では言いますが・・・・なんのこと???と思ったら、なんだ、体内時計のことなのね。簡単にいうと、腹時計。

しかし、私の最近の興味に引き戻すようですが、脳はすごい。自分のなかで、一日が時計になっているのだから。それも、宇宙時間。

それだけでなく、小出監督が、自分の脳に様々な速度を覚えさせる必要があるとおっしゃってましたが。最近その意味がわかってきた。なんと脳が同じ速度を覚えていると実感するから。毎日走っていると。

摩訶不思議な世界に入っていくようで、面白いなあ。

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亜流の知識

2006-09-08 22:09:42 | しらんぷりしよう

本流から外れることを亜流というが・・・・私は、亜流に流れやすい。

本流をやらなければならないと思うと、思うだけ、亜流の魅力に取り付かれてしまう。簡単な話、試験の最中に、なんだか小説が読みたくなって、読んでしまい、散々な試験結果をもらってしまったというような、こと。(読むからね。最中に私は。)

いまだに、やばい!!試験の準備をしていない!って夢を見るから、余程思いは強い。後悔の念ではあるが・・・・。

全米オープンテニスを見ていてのこと。シード2のナダルが負けるという番狂わせが起こった。勝ったのは、ユージニィ(Youzhny)という、精悍な印象を受ける選手だった。

しかし、彼についての知識を誰もが持っていなかった。どこの国の人?何歳?http://www.usopen.org/en_US/news/articles/2006-09-07/200609071157673340031.html

試合後のインタビューを聞いていて、私は彼はロシア人ではないだろうかと予想した。彼の英語の訛がロシア人の訛のような気がしたから。ロシアではないにしても、北欧文化圏の人だと確信する。発音をする際に、やたら巻き舌を使うクセがあるようなきがしたから・・・。

早速ネットで調べる。大当たり!!

日本人が喋る英語がジャパニースイングリッシュだとはよく言われるが、他の国の人にも結構訛がある。韓国人、中国人、スパニッシュ、ロシア系、・・・・。結構、その人がどこから来たのかワカッテしまう。

だから、私の性格では、本流の英語よりも、こういう亜流の方が、副産物として身についてしまう。喜んでいいはすはないのだが、当たっていて嬉しかった。

ついでに、歳まで当ててしまった。24歳。ナダルにはない、精神的な落ち着きを感じたからね。

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右往左往

2006-07-26 23:03:13 | しらんぷりしよう

アンティークを好きな友人が、今使っている食器も100年経ったら、アンティークになるのかなあ?とか話していたのを、思い出していた。

伝統も長く続くと、継承の意味合い、目的ももはっきりするのかもしれない。ちょっと続いてきた、行事など、続けるのか止めてしまうのか、判断が難しい。なんでかな?問題ばかりが起こる。問題も本筋なら、存続をかけての大論議になるのだろうが、枝葉のちょっとした方法であったり、ひどい場合は、人の言い方、話し方であったりすると、論議にならない。恥ずかしくて・・・・。怒られそうだけど・・・・・。

第三者として見ることはできない。第二者、いえいえ一者半くらいの立場にいるから。しかし、一日経って、問題を整理してみると、だいたい問題の問題点は見えてくる。

要は目的がどこにあるのか、見失っている。それ以前に、やるひつようを感じないで、やならなくてはならないところが問題なのかもしれない。最初から目的が無いのだから。

ただ、それでも、やり続けていくことで、伝統という付加価値がついていくのかも知れない。それにしても、これほど右往左往させられると、正直、うんざりする。

でもまあ。人間ウオッチングと思うといいのかも知れない。実は、自分もウオッチングされているのだろうけどね。

さて、うだうだ考えずに、走りにでも行って来よう。

 

 

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イン・トラブル

2006-07-12 22:57:17 | しらんぷりしよう

標記、正しい英語かどうか不明。

世の中には目立つ人がいるらしい。例えば、4人居るとして、誰がいた? ○○さんと・・・みたいに、筆頭に名前が挙がる人。その程度と言えなくも無い。何も、ジダンのように世界的な、話題になるわけではないからね。

しかし、狭い世界の中にあっては、とにかく話の種にされやすいらしい。代表者、首謀者になるらしい。

首謀者のどこがいけないの? そっか、そんな風に考えられる人もいるんだね。でも、きっとそんな風に考えられる人は、気づかないうちに首謀者に祭り上げられたことがないし、きっとこれからも無い人かな。

自分の知らないところで、トラブルの中に居た!!!というのも、困るのです。

はああ~と、ため息が出で来る。めげないけどね。

 

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