昨日(15日)は中伊豆の柿島養鱒さんを訪ね、川魚の養殖現場を取材しました。伊豆の川魚といえば鮎が有名ですが、ここではイワナとサクラマスを育てています。
サクラマスは、サケ科太平洋サケ属の降海型ヤマメで、ホンマスとも呼ばれる幻の高級魚。サケと同じように海に下って大きく成長し、ふたたび生まれ故郷の川に遡上して産卵します。身は淡白でほのかな甘みがあり、生でも加熱しても美味。富山の有名な鱒寿司は、もともと遡上したサクラマスで作っていたそうですが、幻の高級魚になってしまってからは大部分を輸入鮭鱒に頼っているそうです。そんな高級魚が伊豆の山奥で育てられているなんて、初めて知りました。
養殖池は萬城の滝から続く地蔵堂川の清流を引き込んだ、限りなく天然に近い環境。周辺は最高級のお墨付きを得る中伊豆わさびの主産地で、山間の豊かな自然に囲まれ、水の音が途切れることなく響いています。車を走らせながら、「高級わさびが育つぐらい水がいいから川魚も養殖できるんだなぁ」と実感しました。
イワナもマスも、もともと日本古来の在来種。伊豆は生息分布域ではなかったそうですが、もとはといえば島がぶつかって半島になって富士山ができたとされるだけに、天城山系の水質は石灰質など海のミネラル分を含み、魚を育てる環境に向いています。ミネラル分をエラから吸収する魚は、水質にとても影響されます。ここ天城山系地蔵堂川流域の水質なら、しかも日本の在来種なら環境に十分適応できるわけです。
海の幸に恵まれた静岡の人にとって、川魚にこだわって味わうという機会はあまり多くないと思います。伊豆の山奥の温泉旅館などでも、豪快な船盛りとか出てきますものね。
川魚は塩焼きか甘露煮にすることが多く、生で食べる機会というもの限られます。匂いが気になるという人も多いですよね。
そこで柿島養鱒がこだわったのは餌。人が食べても安全な魚粉、小麦、コーンスターチにビタミン類を配合した餌を、すべて自社生産します。一般の餌は、魚を太らせるために脂を添加するそうですが、柿島養鱒の岩本いずみさんは「そんな不健康なことはしない。うちはマグロでいえば赤身の味で勝負したい。トロは要らない」と明言します。良質な素材を使うので、作り置きをして質を落とさないよう、つねに必要量をそのつど作ります。こういう、餌まで自家製する養殖業者はほとんどいないそうです。
天然に近い水環境を保持し、良質の餌を、家族にごはんを作るようにそのつど自家生産し、健康的な純系種を継続出荷できる体制を築いた柿島養鱒の姿勢は、漁業というよりも農業に近い感じがします。在来種が放っておいても生きながらえる自然環境が維持できなくなった今、我々消費者も、「天然」を疑いもなく礼賛するばかりじゃいけないんじゃないか、と思います。
「天然を超えた味を目指しています」と語る岩本さん。折しも、全国で漁業者が一斉休漁した日、伊豆の山の中で魚の未来を考える機会を与えられた私。自分にできることといえば、岩本さんのような業者の存在と、サクラマスという知られざる高級魚の価値を周知させるぐらいですが、世の中景気の悪い話ばかりの中で、誰かに少しでも活力を与えるお手伝いができれば、今日、ここを訪ねた意義も価値も生まれそうです。
「和食の料理人さんは、川魚の料理法に固定観念があるせいか、あまり反応はよくないんですが、洋食の人は食材としてストレートに評価してくれて、フレンチ、イタリアン、エスニックの料理人さんから絶賛してもらいました。斬新な感覚で活用してもらいたい」と岩本さん。サクラマスのマリネなんて、冷やした静岡吟醸にも合いそう…。静岡酒を扱う料理人さん、ぜひトライしてもらえませんか?