杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

「途方もない夢」のマネジメント

2009-12-06 12:36:06 | NPO

Imgp1738  昨日(5日)は静岡県教育会館特別会議室で、県主催『NPOリーダーシップ講座』が開かれ、10月に引き続きNPOコンサルタントの坂本文武さんに貴重なお話をうかがいました。

 

 

 前回の講座を報告した10月24日のブログ記事「同情と共感の違い」は多くの方に読んでいただき、とくにNPOの分野とは関係なさそうな酒類関係者から「面白かった」との反応が。そのことを坂本先生にご報告したら、「面白い現象だね~」と感心されました。昨日のお話も、きっと、どんなジャンルの人も共感できる素晴らしい内容でした。忘れないうちにちゃんと記事にしておこうと思います。

 

 今回は、NPOのリーダーに求められる資質というテーマでした。一般にはNPOってボランティアの延長みたいに思われているようですが、NPOには法人格を持ったプロの組織と、ボランティア団体に代表される任意団体に分けられます。任意団体(わがしずおか地酒研究会もそうですが)は、基本的に“自己実現集団”なので、組織を引っ張るリーダーシップやマネジメントはさほど重要視されませんが、NPO法人は組織として効率よく効果的に成果を上げなければなりませんから、そこには戦略や経営的思考も当然必要となります。

 

 ただし、NPO法人が一般の営利法人と決定的に違うのは、求める利益が経済的利益ではなく社会的利益であるということ。坂本先生は「企業が一番苦手なもので、なおかつ今の時代、これを学ばないと企業が生き残っていけない。その意味ではNPOのほうが100年進んでいます」と明快に語ります。

 

 

 一般の企業よりNPOのほうが先進的、と言われてもピンとこなかったのですが、先生の次の解説でナットクしました。

「NPOのリーダーは、企業以上に相手にする人間が多い。すなわち、理事、会員(社員)、ボランティアスタッフ、寄付者、行政、協力企業、地縁等など。

 →しかも、営利企業同士ならお互いに儲かるしくみ「Win-Win」を考えればいいが、NPOの場合は一方通行の「無償の愛」を預かる。つまり、社会的利益のために“ひと肌脱いでくれる”人を相手にする。

 →彼らは「期待する見返り」がそれぞれ違うから、「お礼の仕方」もそれぞれ変えなくてはならない。

 →つまり究極の“個体管理”が必要」。

 

 個体管理というと素っ気ない表現ですが、カスタマーサービスに徹して業績を伸ばす、たとえばディズニーとかリッツカールトンみたいに「一人ひとりのお客様が次に何をお望みかを慮って行動できる」優れたホスピタリティを持つ企業がそうですね。

 

 

 NPOはもともと相手から「無償の愛」をいただいているので、個々に応えなければならない。相手に、「貢献実感=お役に立ててよかったという満足度」や「成長実感=多少なりとも社会をよくすることができたという満足度」を与える必要があるわけです。

 「実利を求めずお金を出してくれる人がいるというのは、近代経営学では考えられないことなんですよ」と坂本先生。そうか、ディズニーやリッツカールトンじゃないけど、これから企業も、NPOのように客に心の満足度を与えなければならないんだな、と改めて理解できました。

 

 

 

 NPO法が施行されて10年経ち、多くのNPO法人が創業→成長時期を経て安定期に差し掛かっています。そして多くのNPO法人が“後継者問題”にぶち当たっていると聞きます。

 

 これは一般の企業にも言えることですが、創業時からガーッと成長する時期は、山の頂上(パラマウント)を目指してグイグイ引っ張る“オレに付いてこい”タイプのリーダーが力を発揮します。

 

 ところが、パラマウント的リーダーがいったん安定・成熟期に入り、次の後継者を考えた時、自分と同じようなパラマウント的リーダーを指名しては「失敗する」と坂本先生。安定・成熟期にはむしろエバンジェリスト(伝道師)やサーバント(家臣)のようなタイプ…オレに付いてこいではなく、組織を常に下から支え、みんなの自主性をうながすリーダーが向いているといいます。

 

 とくにNPOの場合、創業者が高い志や熱意を持ち、そのカリスマ性が求心力になっている組織が多い。でも創業者の情熱というのは、坂本先生曰く「2代目につなげるときは7割に減っている」そうです。まるで伝言ゲームみたいに、次から次へ人に伝わるたびに「稀薄化」されると。

 

・・・う~ん、これは自分も「しずおか地酒研究会」を13年続けてきて実感しますねぇ。自分の「思い」を100%理解し、つなげてくれる人はいないと。だって自分の地酒愛は、自分が20年以上酒蔵を取材して得た実感の塊ですから、他人に同じ愛を求めるのは不可能なんですよね。

 

 

 

 坂本先生はNPOリーダー像を総括して―

「NPOのリーダーというのは、お芝居の舞台を演出するディレクターでありプロデューサーみたいなもの。舞台は一人ではできないが、多くの人々の力を借りて、ストーリー(物語)を見せ、観客に途方もない夢を抱かせる」

「そのストーリーは100年後に地元の沼にトキを繁殖させる、みたいな途方もない夢でいい。魅力的な夢のほうが人を説得し、協働作業に巻き込みやすい。現実味のある夢は夢ではなく、ただの目標」

「そしてチームができたとき、構想が実現に向けて動き始める。リーダーは、突破口を開くテコの力が働くようなアイディアは何か、自分の果たす役割は何か、誰にどんな役割を担ってもらうかをプロデューサーとして戦略だてる」

 と、まるで私の映画づくりへのアドバイスみたいな解説を明快にしてくれました。

 

 実は先日、吟醸王国しずおか映像製作委員会の中で、日頃から「無償の愛」を人一倍示してくれる会員8名に集まってもらい、資金不足の悩みを聞いてもらいました。みなさん、そんなに苦労していたのかと驚いて、真剣に打開策を考えてくれたのです。

 

 そんな私の心の内を見透かしたかのように、坂本先生は「寄付活動をしたことのない人の6割は“頼まれなかったから”という理由です。NPOのみなさんはもっと正直に、困っているんです、お金が足りません、と周囲に吐露してみるのもテですよ」と参加者にハッパをかけていました。

 

 

 

  

 講座終了後は場所を移して交流会。飲み放題コースだと聞いて、幹事の杉本昭夫さんに「飲み放題だとロクな酒が出ない。せっかく坂本先生に飲んでいただくなら最高の静岡の酒を出したい」と耳打ちし、ひとっ走りして『喜久醉純米大吟醸松下米40』をゲット。参加者は地酒とは縁もゆかりもないNPO事業者やアドバイザーのお歴々でしたが、開封した瞬間、フワッと立ち上がるフルーティーな香りに「えぇ?これが日本酒?」とみなさんビックリ。自然保護や環境問題にかかわるNPO関係者が何人かいらしたので、松下米の由来や、今自分が撮っている映画の話をさせてもらい、大満足していただきました。

 

 

 松下米のようにストーリーのある酒が、日頃酒とは縁のない人を“巻き込む”力があるように、自分が目指すもの、挑戦することに夢はあるか、その実現にため、どんな援助を求めたらいいのか、真正面から考えさせられた夜でした。


駿府の名刹宝泰禅寺の名宝展

2009-12-05 11:06:18 | 歴史

 昨日(4日)は午後から浜松で取材があり、少し早めに出て、平野美術館で開催中の『特別展・駿府の名刹宝泰禅寺の名宝展』を観に行きました。

 

 

 JR静岡駅前にある宝泰禅寺は、静岡市民にとっては法事や法話の集いや、映画ファンにはシネギャラリーでおなじみ。さすが駅前に立地するだけあって、人が集まる親しみやすいお寺なんですが、京都や奈良のように寺の歴史や収蔵物に関心を持つことが、(あまりに身近な存在だったせいか)今まであまりありませんでした。

 

 

 10月末に駿河蒔絵師・中條峰雄先生の一周忌法要でうかがったとき、内部を少し見せてもらって、この寺の威容を市民のはしくれとしてImgp1734、ちゃんと知っておかないと恥ずかしいと感じました。直後に浜松で名宝展があると知り、美術館でその一寺だけの寺宝展が開かれるほどの名刹だったのか、と改めて実感したのでした。

 

 

 

 

 静岡の禅寺ならば白隠さんゆかりのものがあるだろうと期待して行ったら、白隠禅師が描かれた禅画・墨蹟が3つも! おなじみの「達磨図」もちゃんとありました。

 

 

 

 室町期に雪舟が描いたと伝わる「西湖図」は、9月に実際に杭州で西湖を観てきただけに、500年を隔ててもなお人々を魅了する名勝だったのかと感慨ひとしお。雪舟作の西湖図が、県都静岡の宝泰禅寺にあるのなら、静岡と杭州Dsc_0105 の友好交流事業にぜひ役立てるべきだと思いました(既にやっていたのなら、ごめんなさい…)。

 

 

 

 

 

 サプライズで感激したのは、朝鮮通信使の書です。朝鮮通信使は江戸へ往来する際に、宝泰禅寺で休息を取ったことは、映像作品『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』の脚本執筆時に調査し、通信使関連の史料も残っていることも承知していましたが、静岡市では清見寺という通信使関連では国内屈指の名刹があるため、カットすることに。

 製作の静岡市側にしてみれば、静岡市内の通信使史跡を紹介してくれればいいじゃないか、なんで対馬や鞆の浦や滋賀高月を長々紹介するんだ?な~んて思われたかもしれませんが(苦笑)、これは脚本を書くとき、監督と私で、朝鮮通信使招聘が当時の国家的事業で、それをプロデュースした徳川家康の平和外交の偉業を伝えるには、静岡市内だけの史跡をチマチマと紹介するだけじゃダメだと判断したからでした(・・・なんだか宝泰禅寺の通信使史料を無視した言い訳をクドクド述べてるみたいでスミマセン)。

 

 

 

 そんな心残りのある宝泰禅寺の通信使史料を、今回、思いがけず、間近で観ることができました。展示されていたのは1748年第10回朝鮮通信使の折、正使洪啓禧が宝泰禅寺に書き残した七言律詩。過去、多く目にした通信使の書と同様、優雅でのびのび踊るような文字は、当代一級の文化人だった通信使の代表らしい品格がありました。

 

 

 宝泰禅寺側の住職が返礼に記した書や、通信使を迎える際の「心得」をメモした『朝鮮人来聘之覚』も展示されていました。

 

 寺宝中の寺宝とされる、澄水東寿筆の大般若波羅密多経(1682~1703)にサインをしてほしいと、同行の雨森芳洲を通して通信使にお願いしたという興味深いエピソードも残っています。今回展示された澄水東寿筆の大般若波羅密多経には、残念ながら通信使のサインはなく、本腰を入れて調査すれば出てくるかもしれない、とのことでした。

 

 

 

 

 美術館を後にし、取材に向かう途中、「あ~あ、自分は朝鮮通信使のことを(少なくとも県内に関しては)おおよそ勉強したつもりでいたけど、まだまだ未熟だったなぁ・・・未熟なまんま、よく映画の脚本なんか書けたよなぁ」とつくづく反省させられました。

 

 

 

 歴史小説家や脚本家は、そのジャンルの、「そこそこの知識」を寄せ集めて、ドラマチックに再構成するのでしょう。それはそれで大変な才能だと思います。私みたいに、後から知らないことに気づかされて、いちいち反省しているようじゃ、思いきった脚色はできないでしょうね。

 

 ・・・今年放送された大河ドラマ『天地人』の徳川家康の描き方、あれは静岡市民として悲しかったけど(苦笑)。

 

 

 平野美術館の『特別展・駿府の名刹 宝泰禅寺の名宝展』は、12月20日(日)まで開催中です。こちらをご参考に。

 

 

 

 


永谷先生の『花酒』

2009-12-02 20:46:34 | しずおか地酒研究会

 このところ、忙しさにかまけてまったく本を読んでいなかったのですが、先月末、思わぬ方から丁寧なお手紙と本が送られてきて、一気に読破しました。読破といっても句集なので速読できちゃったんですが、送り主は亡き永谷正治先生(元国税庁醸造試験所鑑定官室長、山田錦研究家)の奥さま敏子さん。

 一昨年、大阪で開かれた先生を偲ぶ会でごあいさつをしたきりで、その後ご自身も体調を崩されたりご家族の介護があったりで「会葬のお礼が大変遅くなってしまって申し訳ありませんでした」と手書きでご丁寧にしたためてありました。同封してあったのは、永谷先生が業界紙『醸界タイムス』に連載していたコラムの文庫本『花酒~お酒がおいしくなる唄』です。

 同じタイトルの文庫本を、生前、永谷先生からいただいたので、あら、ダブリかしらと思ったら、奥さまがくださったのは先生が亡くなった後に発行された続編でした。

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 生前の永谷先生は、酒米の圃場を調査するときは厳しい眼なのに、平素はとても洒脱な方で、俳句を読むのもお好きで、私に“駿河健女”とニックネームをつけて冷やかされたものでした。

 

 『花酒』は、先生自作の唄と古今東西の酒にまつわる都都逸や詩句に、シャレたコメントを付けてまとめられた本です。例えば―

 

 お酒の杜氏は盲で聾  みるのもきくのも口でする

 ~杜氏、酒造技師、社長さんらが自らをこのように表現します。お酒を検(み)る、きくなど目も耳も使わず直ちに口へ持っていきますからね。我々も見よう見まねで口を活用します。ベートーベン先生なら耳が聞こえなくても楽譜を読めば心に音楽が鳴り響いたことでしょうが、我々凡人にはダメ。味覚をご大切に。

 

 ・・・なんて、さすが現場を知ってるプロらしい名句。かと思えば、

 酒飲みは 奴豆腐にさも似たり はじめ四角で あとはぐずぐず

~酒席スナワチコレ道場、宴席スナワチコレ戦場、などと言っては後輩をしごく酒品の悪い先輩が、昔は沢山いましたなあ。こんな輩に限って始まる頃は神妙なんですよ。あとで皆様お楽しみの座をブチ壊すけどね。他人のことも言うてはおれん。わしも最近はすっかり崩れましてな、麻婆豆腐にでもして貰わんでは再利用の途がない。

 

 

 

 ・・・なんて、さすがの酒歴がしのばれる句も。しずおか地酒研究会発足間もないころ、先生が静岡に来てくださって、山田錦生産者の松下明弘さんやら安東米店の長坂さんやら静岡新聞の平野さんやらと朝までドンチャン騒いだ夜もあったっけ。

 もう少し私も酒歴を重ねたら、先生に俳句の弟子入りでもしようかと思っていたのですが、願い叶わず、でした。

 

 

 

 永谷先生といい、故・栗田覚一郎さん(元静岡県酒造組合専務理事)といい、私の酒の師匠は、飲み手と造り手の気持ちに通じる粋な歌詠みでもあり、ライターの私が酒の世界に入りやすくしてくれた方々でもありました。

 

 『花酒~お酒がおいしくなる唄』(各525円)は醸界タイムス社から発行されています。興味のある方は直接お問い合わせを。サイトはこちら。電話06-6450-0570