昨日、13日(土)寒かったけれどぶらりと両国に行ってみました。
12月と言えば忠臣蔵、昨年の当ブログにも忠臣蔵のこと書いています。
別に忠臣蔵に思い入れがあるわけじゃないんですけれど、むしろ若い者がよってたかって爺さん一人をたたき切るという気の毒な話だと思っています。
ただ墨田区の人は吉良邸があることから吉良上野介のファンも多いなどとのうわさを聞いているので今年もぶらりと行ってみました。
両国は相撲の町です
国技館では来年春場所の前売り券を発売していました。2015年もそこまで来ています。
観光案内所から約1時間のコースで「忠臣蔵ゆかりの両国を歩く」(街歩きツアー)
があったので参加しました。ガイド付きです。(参加費500円)
まずは本所松坂町跡の石碑です。
現在は両国というありふれた町名に変わったのを惜しんで建立しました。
大高源五の句碑
「日の恩や 忽ち(たちまち)くだく 厚氷」
討ち入りの後、近くの酒屋に飛び込み「死骸取り捨ての方への酒代」として金2両を亭主に与えて、酒樽の鏡を抜かせて詠んだ句だそうです。
源五は俳人だったので吉良邸出入りの茶人に入門して12月14日に吉良邸で茶会があるのを突き止めたという話は映画なんかで観ていますよね。
旧両国橋跡(東両国広小路)
討ち入り後、回向院に入ることを断られてここで休息したそうです。
討ち入りそばの跡
本所一つ目角「楠屋」で集合して「そば切り」を食べたと伝えられていますが大勢でいれば目立ちます。
両国橋向川岸町の亀田屋で吉田忠左衛門親子ほか数人が「そば切り」を食べたのが実情とか。
途中で力士に会いました
一之橋(一ツ目の橋)跡
両国橋東詰にて休息後、一之橋を渡って永代橋にある深川方面を目指します。
今は橋の上に高速道路が通っていました。
前原伊助宅跡
「米屋五兵衛」という店で雑貨商をやりながら諜報活動をしていました。
店もいたく繁盛して、儲けを同志の援助に回していたそうで商才もあったようです。
梶川与惣兵衛本所奉行所跡(幕府旗本)
駐車場になっていてガイドでもいなければ全然わからない。
江戸城大廊下で浅野内匠頭が殿中刃傷に及んだ時後ろからやめろと言ってはがい絞めにした人です。
「おめぇ 瞬間湯沸かし器といわれてれているが馬鹿なことやめて、家臣のことも考えろ」
と言ったかどうかはわかりません。
この手柄で500石加増となりました。最近駅などでけんかの仲裁したら逆に殴られたなどとの話を聞きます。気をつけましょう。
吉良邸正門前跡
吉良邸は2500坪、母屋が318坪、40室あり、また東西合わせて100人余りの住む警備長屋を426坪を新築しました。
これで散策は終わりです。1時間ちょうどいい街歩きでした。こんな休日が一番楽しいです。お土産にエコバッグをもらいました。
来年にかけて
梅見街歩き(2月下旬)
鬼平犯科帳ゆかりの高札巡り(3月下旬)
墨堤さくら見街歩き(4月上旬)
などもあるそうです。ひまこいて自宅でぶらぶらしている人は行ってみるといいかもしれません。
運動にもなるし、知らない人と話してわずかな参加料金で心温まる一日になるでしょう。
このあと義士祭をぶらぶら見て回りました。
松坂稲荷大明神
吉良上野介像
合わせて元禄市が開催されていてフリーマーケットや屋台が沢山出展されていて賑やかでした。
平日来てもこのあたりは閑散としていますがお祭りは活気があっていいですね。
このあと駅に戻りせっかくなので安田庭園にも寄ってみました。
岡山藩主池田候の邸でしたが安田善次郎氏の所有となりその後東京都に寄付されたものです
スカイツリーが見えました
都会の日向ぼっこ
というわけで両国散策を終わります。
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