村上原基、滋賀県安曇川の山中20年⇒麓の町の田中に一人暮らし人生

山中で20年一人暮し後71歳から麓の田舎町で暮している、断捨離し自然な生き様と山暮らし体験に基づく人生論及び写真を紹介

30.普通の人間は絶対に「人は人になれ」ない

2006-06-08 13:52:41 | 人生
最近豊かで便利になればなるほど、どんどん「人は人でなしになっている」ように思われませんか?
自分自身の場合を考えても、いろいろ立派なことを言うわりには、むしろ逆に駄目人間になっていくのを止めようもありません。
一番良い対策は豊かさも便利さも全て捨てることなんでしょうが、ドップリと便利さと豊かさに浸かってしまうともう抜け出せそうもありません。
日本はかつてジャパンアズN0.1と言われ、経済大国とも言われ、日本人の優秀さを世界に披瀝したものです。
ところが裏を返せば、日本が世界一、便利さと豊かさにドップリ浸かってしまっているということになるのです。昔私の幼少の頃には、日本は不便さや貧しさが沢山ありました。ところが今や本質的な貧乏人や飢える人は激減し、一億、中流意識の時代になってしまったのです。
そういう日本の事実を冷静に考えるとすれば、現在及び今後の日本は音をたてて堕落していく運命にあるのです。「奢る平家は久しからず」というように野球の巨人軍の成績が不振なように、奢る者の運命・末路は哀れなものです。
世界一・世界に勝つことは、日本もそろそろ右肩下がりの段階にさしかかったことを意味するのです。時あたかも高齢化・少子化の時代を迎えています。こういう状況は20年後30年後の日本の没落をさらに加速することになるのですが、こういうことはどうやっても避けることはできません。
江戸時代300年の平和が続いたなんてことは奇跡的なことなんですが、そのために文化や芸術は進歩しましたが、やはり副作用としていろいろな複雑な問題が多くなって、ついに崩壊し、明治維新を迎えることになるのです。平和・栄華・発展は、無限ではありません。否、もし続くほど、結末はむしろ恐ろしいことになるのです。
大昔、マンモスは敵なしでのさばっていたようです。しかしその敵なしのマンモスは、今地上に現存しないのです。

自然から学ぶ尊い教えは、「自然という言葉そのもの」なんです。

自然とは、
①原理原則を精査又は正しく認識する
②原理原則を確立する
③原理原則を厳密に守る
④原理原則を安易に変えない
⑤不自然な手を加えない
⑥不自然な手を加えたら、すぐにその排除を検討する
⑦無理なことは、むしろやらない
⑧問題があれば、都度細かく調整する
⑨良い・悪いでなくあるがままを受け入れる
⑩状況の大きな変化の有無を監視する
⑪予想される大きな状況の変化に備える
⑫常に不自然になっていないか、原理原則から逸脱していないかチェックする

自然の法則・原理原則にそって生きていけば大きな問題はないのですが、人間は弱いので、どうしても離れていく運命にあるのです。
原理原則から離れていくことが最も恐ろしいことなんです。しかし人間は一人では生き、暮らすことは出来ませんから、人間同士の利害の衝突が起き、争いがおき、自分勝手なことをやる多くの人の中で生きていかざるをえません。そうすると自然の原理原則なんかに拘ってはいられません。否、むしろ原理原則から大きく離れ融通をきかせてないと生きていけなくなってしまうのです。そして次から次に、武器や便利な道具や手法のような不自然な科学・文化・技術が生まれてくるのです。科学・文化・芸術なんてのは、人間の自分勝手(エゴ・利己主義)に過ぎないのです。
そもそもの発生時点での良し悪しは問題ではありません。例えばダイナマイト・レントゲン・自動車やその他ほとんどもものが結果的に重大カツ深刻な影響や問題を及ぼしてしまうのです。
ということは、人間がいかに立派なことを言おうと、人間は原理原則を無視する、逸脱するように考え・行動するものであると言えるのです。そう考えると自分を含めて人間というのは、随分恐ろしい許しがたい罪深い生き物ということになります。
私は「人は人になれ」という言葉をいつも心にかけていますが、「言うは易く・行うはとてつもなく難し」なんですね。
日頃、学校や会社や社会で時間をかけ勉強し、いろいろな教育を受け、偉い人の話を聞いたところで、結局「人は人になれない」のですね。
「人が人になる」ということは、かくも難しいことですから、相当腹をくくって覚悟の上で努力しないといけないようです。少しでも「人は人でなし」でもいいと思えば、それこそ永遠に人にはなれませんね。
コメント
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