評価4
再読(前回2020年6月17日)。
アウグストゥス統治中期(紀元前18年~6年)。「ローマ市民の質と量を確保すること」を命題にした皇帝は少子対策、税制改革を実行、北の防衛線をライン河からエルベ河へ移すことを目標にゲルマン制圧へ乗り出す。そして、義理の息子・ティベリウスの引退もあり後継者選びが悩みの種となるのであった。
税制改革では、防衛費補充のために売上税(1%)、ローマ兵の退職金の財源に充てるために相続税(5%)を新設するなど画期的な施策を断行、他に、本国イタリアを11州に分割する行政改革や警察制度の導入、消防庁の設置も行った。
紀元前12年から始まるゲルマニア進攻は紀元後9年までの20年にも及ぶ長期戦となってしまう。
再読(前回2020年6月17日)。
アウグストゥス統治中期(紀元前18年~6年)。「ローマ市民の質と量を確保すること」を命題にした皇帝は少子対策、税制改革を実行、北の防衛線をライン河からエルベ河へ移すことを目標にゲルマン制圧へ乗り出す。そして、義理の息子・ティベリウスの引退もあり後継者選びが悩みの種となるのであった。
税制改革では、防衛費補充のために売上税(1%)、ローマ兵の退職金の財源に充てるために相続税(5%)を新設するなど画期的な施策を断行、他に、本国イタリアを11州に分割する行政改革や警察制度の導入、消防庁の設置も行った。
紀元前12年から始まるゲルマニア進攻は紀元後9年までの20年にも及ぶ長期戦となってしまう。
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