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ユリウス・カエサル ルビコン以後(上)-塩野七生

2020年06月03日 | 読書
評価5

スペイン遠征~ポンペイウスの死、エジプト内乱まで(紀元前49年~前47年)。

前執政官(プロコンスル)の資格でカエサルは元老院派・ポンペイウスが総督を務める属州スペインに向かい血を流さず苦も無く制圧。カエサルのローマ帰還を前にポンペイウスはギリシャ北部へ逃れこれをカエサルが追って、3ヵ月に及ぶドラキウム攻防戦、ファルサルス会戦(紀元前48年8月9日)を経てついにカエサルが勝利を収める。兵員数で半分にも満たないカエサルの臨機応変の戦術と人心掌握術が素晴らしい!

紀元前47年、独裁官となったカエサルは国政をアントニウスに任せエジプトに逃れていたポンペイウスを追うが、エジプトで兵役についていたローマ兵にポンペイウスが殺害されたことをアレキサンドリアで知るのであった。その後、エジプト内乱で結果的にクレオパトラ側を後押しした形となり、しばしの休息の後、小アジアへ向かう。

著者は「刊行後ただちに当時のベストセラーになったと言われたのだから、カエサル著のガリア戦記をポンペイウスも読んでいたとは、充分に可能な推測である」と語る。いやはや、ぶったまげた(笑)!

◆カバーの銀貨について
月桂冠を頭上にしたインペラトール(公職者)姿のカエサル。銀貨なのにアウグストゥスを模した金貨の3倍の値はする。それでもついに(10年をかけて)手に入れたのがここに紹介する1枚。


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