2月3日付 読売新聞編集手帳
国語学者の金田一春彦さんが書いている。
〈来年のことを言うと笑い出すユーモアを解し、
同情すべき場面では目に涙をためるやさしさをもち、
十八の年ごろになればちょっとは色気も出ようといううれしい存在〉
であると(新潮文庫『ことばの歳時記』より)。
お察しの通り、
「鬼」である。
その字を含む「魂」の一語を何度となく胸に浮かべた一年を顧みて、
金田一さんではないが、
幾らか心の通い合う間柄になったような気がしないでもない。
豆のつぶてに追われるきょうは、
鬼たちにはおそらく年に一度の厄日だろう。
〈豆ごときでは出て行かぬ鬱(うつ)の鬼〉(飯島晴子)。
原発事故や景気低迷から私事のあれこれまで、
容易に出て行ってくれぬ鬼を数えれば、
誰しも5本の指では足りないはずである。
「鬼は外、福は内」の声には、例年以上の気合がこもるに違いない。
凍える夜がつづく。
北国では習わし通りに豆をまいた後で、
「すこし暖まっていきな」と、
鬼をコタツにあたらせてやりたいような吹雪だろう。
まあ一献、
昔からあるお酒の銘柄でね、
怖がることはないさ…などと言っては、
盃(さかずき)を傾けつつ。