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大切な誰かの声が勝負どころで胸をよぎるか、よぎらないか

2012-02-21 13:37:12 | 編集手帳



  2月17日付 読売新聞編集手帳


  日本将棋連盟会長の米長邦雄永世棋聖(68)が
  特別公式対局でコンピューターソフトに敗れたのはひと月ほど前である。
  私は勝てるだろうか? 
  対局の直前、
  夫人に尋ねている。

  近著『われ敗れたり』(中央公論新社)によれば、
  夫人の答えは「勝てません」。
  全盛期に比べて、
  決定的に欠けているものがあるという。
  「あなたはいま、若い愛人がいないはずです。
   それでは勝負に勝てません」

  実戦は米長さんが序盤で優位を築いたが、
  コンピューターが挑んできた角交換の“斬り合い”を
  穏便にいなしたあたりから形勢が逆転した。
  睨(にら)みつけてきた相手の〈視線を避けてしまった〉と米長さんは表現している。

  思い当たったという。
  「そんな意気地なし?」
  という大切な誰かの声が勝負どころで胸をよぎるか、
  よぎらないか…。
  愛人談議に託し、
  夫人は意気地を語っていたのだと。
  「円熟」ではなく闘争本能健在の老成「角熟(かくじゅく)」を唱えたのは
  元日本医師会会長の武見太郎氏だが、
  米長さんの回想も将棋を離れて、
  老後の生き方の参考になりそうである。

  心に若い愛人を――家では口にしにくい格言も、
  たまにはある。
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