日暮しの種 

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そうか、建て替えか

2015-04-11 22:13:03 | 編集手帳

4月2日 編集手帳

 

戦前のNHKアナウンサー、松内則三さんの名調子はいまもなお語り草である。
〈夕闇せまる神宮球場、
 どんよりした空、
 ねぐらへ急ぐカラスが1羽、2羽、3羽…
 戦機ようやく熟す、
 早慶両軍。
 知らず、
 凱(がい)歌(か)い れに上がるや〉

神宮球場は大学野球の“聖地”として知られる。
数々の名勝負の舞台となり、
長嶋茂雄さんをはじめ、
多くの名選手がそのグラウンドから巣 立っていった。

建て替えになるという。
2020年東京五輪・パラリンピックに向けた東京都の再開発事業として、
隣の秩父宮ラグビー場と場所を交換して建て直される。

野球場に限らず、
昔暮らしたアパートや通った小学校舎もそうだが、
建て替えとはじつは“移築”なのかも知れない。
現実の世界から自分ひとりの胸のなかに場所を移すだけで、
往年の姿のまま残る。
まだ、
時間がある。
長らく足が遠のいていた人は、
久しぶりに球場を訪ねて青春の記憶を新たにし、
来たるべ き移築の準備をするのも楽しい。

今晩あたり、
「そうか、建て替えか」とつぶやきながら、
上空からヤクルト―阪神戦をのぞきに来るカラスの末裔(まつえい)たちもいるだろう。

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みずみずしい感受性や尖った初心

2015-04-11 07:30:00 | 編集手帳

4月1日 編集手帳

 

見た目ひとつで格別おいしくもなり、
さほどでもなくなる食べ物がある。
向田邦子さんには水羊羹(みずようかん)がそうだったらしい。
随筆に書いている。
〈水羊羹の命は切口と角であります〉(『水羊羹』)

宮本武蔵か眠狂四郎の剣が一閃(いっせん)したならばこうもなろうかという鋭い切り口と、
尖(とが)った角がなくてはいけない、
と。
切り口に涼しい風の立つように感じられる味覚としてはたしかに、
夏のスイカとともに横綱格だろう。

この季節、
社会に巣立ったばかりの若い人を街で目にするたび、
“切り口”と“角”の鮮やかな水羊羹を思い出す。

〈大きなる鍋の一つか会社とは煮崩れぬよう背筋を伸ばす〉。
新聞記者の経験をお持ちの歌人、松村由利子さんの一首にある。
鋭角に肩ひじ張ってばかりもいられないのが会社勤めではあるが、
変に世慣れて丸くなり、
みずみずしい感受性や尖った初心が目減りしないことを祈る。

きょうは小社にも新人記者が入る。
研修ののち、
赴任地に散る。
初々しい切り口と角は保証いたします。
万々が一、
早々と角の取れた水羊羹を街で見かけた折は、
どうぞ遠慮なく気合を入れてやってください。

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