4月2日 編集手帳
戦前のNHKアナウンサー、松内則三さんの名調子はいまもなお語り草である。
〈夕闇せまる神宮球場、
どんよりした空、
ねぐらへ急ぐカラスが1羽、2羽、3羽…
戦機ようやく熟す、
早慶両軍。
知らず、
凱(がい)歌(か)い れに上がるや〉
神宮球場は大学野球の“聖地”として知られる。
数々の名勝負の舞台となり、
長嶋茂雄さんをはじめ、
多くの名選手がそのグラウンドから巣 立っていった。
建て替えになるという。
2020年東京五輪・パラリンピックに向けた東京都の再開発事業として、
隣の秩父宮ラグビー場と場所を交換して建て直される。
野球場に限らず、
昔暮らしたアパートや通った小学校舎もそうだが、
建て替えとはじつは“移築”なのかも知れない。
現実の世界から自分ひとりの胸のなかに場所を移すだけで、
往年の姿のまま残る。
まだ、
時間がある。
長らく足が遠のいていた人は、
久しぶりに球場を訪ねて青春の記憶を新たにし、
来たるべ き移築の準備をするのも楽しい。
今晩あたり、
「そうか、建て替えか」とつぶやきながら、
上空からヤクルト―阪神戦をのぞきに来るカラスの末裔(まつえい)たちもいるだろう。