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ピンチを、アラヨッの掛け声で飛び越えて

2019-07-06 07:00:00 | 編集手帳

 

6月11日 読売新聞 編集手帳

 いつも元気なその女性は「芦村タヨリ」という。
35歳、
独身、
会社勤めのデザイナー。
<年下男をコマすときは平気で十歳ぐらいサバをよむ>

彼女にはわずか4文字の人生信条しかない。
アラヨッ。
ヨイショはだめ、
腰が重い。
人生いろいろピンチが来ても、
アラヨッの掛け声で飛び越えていく――。
田辺聖子さんの『夢のように日は過ぎて』(新潮文庫)の主人公である。

恋愛小説の名手、
田辺さんが91歳で亡くなった。
軽妙なタッチに温かなまなざし。
次々につむがれる「おせい」さんの世界にどれほどの人が心を浸しただろう。

訃報ふほうに接し、
数ある物語から先の女性を思い出したのは、
田辺さん自身の信条に触れたことによる。
かつて編集者に語ったという。
「私がデビューした頃は、
 ご主人や息子さん、
 お兄さん、
 弟さん、
 家族を戦争で亡くした女性がたくさんいらした。
 私はそういう女性たちが元気になる小説を書きたい」

ご自身は終戦の年、
早くに父を失った。
悲しいことを避けられないのが人生の一面とすれば、
それは百も承知のアラヨッに違いない。
つぶやくと、
おせいさんから元気がもらえる。

 

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