3月30日 NHKBS1「国際報道2020」
ロシアを代表する民族楽器バラライカの演奏家 北川翔さん。
バラライカは中世にロシアの農村部で広まった弦楽器。
3本の弦が奏でる多彩な音色はロシアの民族音楽に欠かせない。
バラライカ奏者 北川翔さん(36)。
1年に1度 モスクワに民族楽器の名手が集う「ロシア民族音楽祭」に
外国人として唯一招待された。
(観客)
「最初の音を聴いた瞬間から心が揺れ
感動したよ。」
「日本人がこんな演奏をするなんて
エキゾチックで華麗で優雅。
すごい人ね。」
20代で5年間ロシアに音楽留学し演奏技術を学んだ北川さん。
ロシア国内のコンクールで優勝した経験もある。
(バラライカ奏者 北川翔さん)
「バイオリンだったら弓を使うし
マンドリンだったらピックだったり。
クラシックギターは爪を伸ばして弾くけど
バラライカは皮膚で全部の弦をたたくので
すべてがこの指から体から音が発せられるところが大きな魅力。」
北川さんのロシアのつながりは祖父の代までさかのぼる。
合唱団の指揮者だった祖父の剛さん。
第二次世界大戦でソビエト軍の捕虜となり4年間シベリアの収容所で過ごした。
厳しい抑留生活で死と隣り合わせの生活を送った祖父。
「心の支えとなったのは現地でロシアの民族音楽に触れたことだった」と
帰国後 NHKのラジオで語っている。
(北川剛さん)
「苦しかった抑留生活でしたが
しかしこの期間にロシア民謡に接しられたことは誠に幸せでした。
伐採に出かける人たちを乗せたトラックから聞こえてくる歌声。
異国情緒たっぷりの民族発生の合唱は
心の震えるような魅力を感じさせたのです。」
祖父の剛さんは戦後
日本でロシア民謡の合唱団を設立。
志を継いだ父親のつとむさんもロシア民族音楽のオーケストラを結成し公演を重ねた。
祖父と父が目指した音楽を通じたロシアとの交流。
北川さんもその志を受け継いできた。
北川さんは演奏にさらなる磨きをかけようと模索を続けている。
この日は新しいバラライカを購入しようとモスクワの工房を訪ねた。
(北川)「ここにフレット(突起)を2つ付けられる?」
(職人)「問題ないよ 22番と14番だね。」
かつて父親のつとむさんにも楽器を提供していた工房の親方。
北川さんの活躍を手放しで喜んでいた。
(楽器職人 グレベニコフ氏)
「この楽器を演奏するだけでも尊敬を集めるのに
彼には3代にわたる伝統があります。
彼がバラライカを演奏することに大きな誇りが感じます。」
(バラライカ奏者 北川翔さん)
「ロシア音楽のすばらしさを知ることで
ロシアへの考えが変わるかもしれないし
日本人の僕がロシアの伝統楽器バラライカをロシアの地で演奏することも
ロシアと日本が仲良くなるきっかけになればいい。」
祖父と父から受け継いだ伝統の音楽。
日本とロシアをつなぐ演奏が人々を魅了する。