3月31日 読売新聞「編集手帳」
お誕生日、おめでとう!と、
志村けんさんが話しかけても、
おばあちゃんは返事さえしない。
志村さんが突然訪問し、
100歳の誕生日を祝うというテレビ番組の企画は失敗したかに見えた。
だがふと思いついて、
普段コントでやっているおばあさんの声で話すと、
「はいっ」とかわいい声が返ってきたという。
3年後、
おばあちゃんは亡くなった。
志村さんは「いい思い出ができました」と家族からお礼の手紙が届いたこと共々、
芸能人生で巡り会った喜びの一つとして自著に書き留めている。
(『変なおじさん 完全版』新潮文庫)
志村さんには一人だけの文通友達もいた。
知的障害を持つ詩人くりすあきらさんである。
<ありがとうといわれたら
しあわせになります
でもありがとうは
なかなかいうて
もらえません
しんせつにせんと
いうてもらえません…
ありがとうはしんどいこと
なのです>。
僕の一番好きな詩だと口ずさんだ。
国民的コメディアンの「変なおじさん」は底抜けにやさしい人だった。
享年70。
世界を苦しめるウイルスによって不慮の死に見舞われた。
涙と一緒に、
ありがとうと言おう。