8月15日 編集手帳
頭のなかで地図をたどる旅がある。
話術家の徳川夢声は戦時中、
慰問先のシンガポールから帰国する船のなかで眠れぬ夜のつれづれに、
同行の仲間と日比谷公園を散歩した。
「正面の門を入るとね、運動場がある」
「その運動場を突っ切ると松本楼さ」
「松本楼の左側に大きな銀杏いちょうの樹きがあるね」
「その樹を右に見ていくと、鶴の噴水がある池だ…」。
みんなで補足し合って隅々まで散歩したと、
1943年(昭和18年)1月17日付の日記に書いている。
似たような空想の散歩は、
誰しも経験があるだろう。
故郷の山や川であったり、
青春期を過ごした学生街であったり、
人にはそれぞれの“聖地”がある。
年配の方のなかには記憶の地図を頼りに、
空襲で焼け野になる前の、
子供の頃に暮らした町を歩く人もいるだろう。
そこには軍服姿も凛々りりしい兄がいて、
あるいは国民服の、
もんぺ姿の亡き父母がいて、
いまの自分よりもずっと若い父と母で…きょうは、
そういう日かも知れない。
〈土熱く灼やけゐし記憶終戦日〉沢木欣一。
定員「1人」。
行き先「過去」。
夜が更けると、
胸の停留所から季節運行のバスが出る。
頭のなかで地図をたどる旅がある。
話術家の徳川夢声は戦時中、
慰問先のシンガポールから帰国する船のなかで眠れぬ夜のつれづれに、
同行の仲間と日比谷公園を散歩した。
「正面の門を入るとね、運動場がある」
「その運動場を突っ切ると松本楼さ」
「松本楼の左側に大きな銀杏いちょうの樹きがあるね」
「その樹を右に見ていくと、鶴の噴水がある池だ…」。
みんなで補足し合って隅々まで散歩したと、
1943年(昭和18年)1月17日付の日記に書いている。
似たような空想の散歩は、
誰しも経験があるだろう。
故郷の山や川であったり、
青春期を過ごした学生街であったり、
人にはそれぞれの“聖地”がある。
年配の方のなかには記憶の地図を頼りに、
空襲で焼け野になる前の、
子供の頃に暮らした町を歩く人もいるだろう。
そこには軍服姿も凛々りりしい兄がいて、
あるいは国民服の、
もんぺ姿の亡き父母がいて、
いまの自分よりもずっと若い父と母で…きょうは、
そういう日かも知れない。
〈土熱く灼やけゐし記憶終戦日〉沢木欣一。
定員「1人」。
行き先「過去」。
夜が更けると、
胸の停留所から季節運行のバスが出る。