私の生まれた村は南北に流れる細い川沿いに開けた、と言っても本当にわずかな田圃と段々畑が川の東西にへばりついた狭い村である、
私の家は街から約四里と言われていた少し登った所にあるトンネルの少し手前だったので多分14~15km程度だろう、このトンネルの少し手前で定期バスは終点である。
トンネルの直ぐ下からは川に河原がなくなる、雑木林が無くなってその下は濡れた岩肌を水が流れ落ちる谷である。
バスの終点に何でも打っている村の「店」が有ってその前方は4~500m田圃が続いていてその先に川が流れている、この辺りから河原が有る、小さな物は未だ角が立っていて殆どを占める石は漬物石に丁度いいといった大きさだった、
夏場になるとこの河原で水遊びをするが冷え切った体に火で温まった石が気持ちよかった。
河原の限界少し上流から村の棚田に水を引く用水が作られていた、幅は1m弱で田の畦道を二重にしたような感じの水路で稲を刈り取った後の冬場は不要なのだがどう言うわけかずっと水は流されていた、
各々の田に入れる落し口には板の扉が閉めてあり最後は又同じ川に落ちている、
この用水が小学校低学年までの子供達には丁度良い遊び場だった、本体の川のほうはそれでも流れが有ったので高学年から大人は此方で川魚を取るのだが幼い子供達は此方で小魚をつかまえる、捕まえてどうするわけでもないのだが捕まえるのが楽しいのである、
当然大きな魚は居なくてこの辺りの名前で「キンキン」と言う魚と「モロゴ」と言う魚だが本当はなんと言う魚かは今では解らない、川の方にはヤハや鮎も居て鰻も捕れたが此方の用水で取れるのは大物で5cm程度である、未だ3cm程度にしかなっていない小鮒も取れる、
泥鰌も取れるが大物は田圃の方で此方ではやはり5cmにも満たない、透き通った海老がとれたり赤い沢蟹も捕れた、
水路は川の両側の田に水を引くので木製の「樋」を使って本来の川を渡る、此れには子供といえども載るわけには行かないので河原から流れを横切って更に追いかけて行く、
道具は「箕」である、此れを用水を塞き止めるように置いて足で追い立てて捕るのだが「泥鰌すくい」そのものである。
用水が我が家の付近に来ると川との高低差が凡そ3m位になる、支流の沢を樋が越えたと頃に「共同茶部屋」と呼ぶお茶の加工場があってこの下側に沿って用水が流れてゆくのだがなぜかあの頃見た夢で此処から自分がす~と空を飛ぶ物が有ってその夢が未だに鮮明に思い出す、
どんな風に飛び出したかは定かではないがリアルに直ぐ下を流れる川の上を越えて川の土手に植えられた篠竹の林を越え借入れの終えた田圃の上を飛んでゆく夢だ、
そんな角度から見下ろすような経験が有るわけの無い小学校低学年に何故あんなに鮮明な夢を見たのだろうか、その後空を飛ぶ夢は見ていない、しかしこの夢だけは未だにまるで本当にあった事の記憶の如く思い出す
私の家は街から約四里と言われていた少し登った所にあるトンネルの少し手前だったので多分14~15km程度だろう、このトンネルの少し手前で定期バスは終点である。
トンネルの直ぐ下からは川に河原がなくなる、雑木林が無くなってその下は濡れた岩肌を水が流れ落ちる谷である。
バスの終点に何でも打っている村の「店」が有ってその前方は4~500m田圃が続いていてその先に川が流れている、この辺りから河原が有る、小さな物は未だ角が立っていて殆どを占める石は漬物石に丁度いいといった大きさだった、
夏場になるとこの河原で水遊びをするが冷え切った体に火で温まった石が気持ちよかった。
河原の限界少し上流から村の棚田に水を引く用水が作られていた、幅は1m弱で田の畦道を二重にしたような感じの水路で稲を刈り取った後の冬場は不要なのだがどう言うわけかずっと水は流されていた、
各々の田に入れる落し口には板の扉が閉めてあり最後は又同じ川に落ちている、
この用水が小学校低学年までの子供達には丁度良い遊び場だった、本体の川のほうはそれでも流れが有ったので高学年から大人は此方で川魚を取るのだが幼い子供達は此方で小魚をつかまえる、捕まえてどうするわけでもないのだが捕まえるのが楽しいのである、
当然大きな魚は居なくてこの辺りの名前で「キンキン」と言う魚と「モロゴ」と言う魚だが本当はなんと言う魚かは今では解らない、川の方にはヤハや鮎も居て鰻も捕れたが此方の用水で取れるのは大物で5cm程度である、未だ3cm程度にしかなっていない小鮒も取れる、
泥鰌も取れるが大物は田圃の方で此方ではやはり5cmにも満たない、透き通った海老がとれたり赤い沢蟹も捕れた、
水路は川の両側の田に水を引くので木製の「樋」を使って本来の川を渡る、此れには子供といえども載るわけには行かないので河原から流れを横切って更に追いかけて行く、
道具は「箕」である、此れを用水を塞き止めるように置いて足で追い立てて捕るのだが「泥鰌すくい」そのものである。
用水が我が家の付近に来ると川との高低差が凡そ3m位になる、支流の沢を樋が越えたと頃に「共同茶部屋」と呼ぶお茶の加工場があってこの下側に沿って用水が流れてゆくのだがなぜかあの頃見た夢で此処から自分がす~と空を飛ぶ物が有ってその夢が未だに鮮明に思い出す、
どんな風に飛び出したかは定かではないがリアルに直ぐ下を流れる川の上を越えて川の土手に植えられた篠竹の林を越え借入れの終えた田圃の上を飛んでゆく夢だ、
そんな角度から見下ろすような経験が有るわけの無い小学校低学年に何故あんなに鮮明な夢を見たのだろうか、その後空を飛ぶ夢は見ていない、しかしこの夢だけは未だにまるで本当にあった事の記憶の如く思い出す