JR東海道線で静岡方面に向うとホームに駅名の書いた標識が有る、この標識に書かれているローマ字表記が昔から気に掛かっていた、
国府津、沼津、焼津と「津」の入る駅名が幾つか有るのだがJRの表記はすべて「ZU」で表記されている、
日本語には同じ発音で二種類の文字が幾つかある、「ず」と「づ」、「ぢ」と「じ」である、
此れは元の文字から来る表記であり津と表記して「づ」と発音するのは元が「津」であるからだ、文字変換をしてみれば大抵の文字はそうなっている、“大抵の“と言うのはどう言うわけか「地震」が「JI」で返還する事になっている事が有るからで此れにも若干違和感はある「地」は元が「ち」だから「ぢしん」出なければ成らないがこちらでは「地震」はでない、
本来文字からすればちに濁句点の筈なんだが路地もDIでは変換できないな、
しかし東海道の駅名は全て「Zu」であるが返還してみればわかるがこの入力では返還できない、JRは何か理由が有るのかも知れないがローマ字を勉強し始めた小学生は混乱しないか?
ローマ字表記は色んなルールが有るらしい、巨人の王選手の表記はたしか「OH」だった気がするが只単に「王」の字を読む場合は「おお」になるんじゃなかったかな「おおさま」で変換すると「大様」になるので「おうさま」が正しいのか、確かにこっちなら「王様」と変換出来る、
逆の場合もある、「セーラー服」と発音するが実際は船乗りの制服で「セイラー」である、此れは帆船のセイルから来ているから間違いなく「セイラー」である、セーラーだと「セールスマン」や「セール」つまり売ると言う意味になる、
良く使われるのに日本人の「ライス」は虱の事に聞こえると言うが実は私はアメリカのドメスティックに乗った時珈琲を頼んだらコーラが出て来て3度目は諦めてコーラを飲んでいた事がある、英語の発音どころか日本語の表記まで怪しいのではどうもならん
日本語のルールを「JRのルール」で不特定多数の人間が毎日利用する所に使用するのはうまく無いだろう、日本語の乱れを言われて随分経つがNHKの様な公共放送でもおかしな日本語を使う事がある、イントネーションとアクセントの問題も今の若者達が使う妙な日本語もマスコミの影響も大きいだろう、
上媒体では声の調子までは見えない、抑揚の無い日本語を覚えるのは耳からで親の世代とこの世代でイントネーションに違いが出るのは友人関連が大きいが当然その根源があって其れがタレントやドラマから(TV放送)である事は間違いないだろう、
日本語以外の殆どは言葉はアクセントが重要な言語ファクターになっているが日本語はアクセントではなくイントネーションで同義語を使い分けたり会話の抑揚になったりしている、その日本語生活の人間が突然「英語は抑揚の無い言語だから」とまっ平らな日本語にするとアクセントが無いから全く間の抜けた会話になるのだが殆どの若者が此れを使っているので何時か日本語は抑揚もアクセントもない言語になってしまうのかもしれない
どうもこの妙な日本語を聞いていると情けない様な、悲しい様な気分になって来る
国府津、沼津、焼津と「津」の入る駅名が幾つか有るのだがJRの表記はすべて「ZU」で表記されている、
日本語には同じ発音で二種類の文字が幾つかある、「ず」と「づ」、「ぢ」と「じ」である、
此れは元の文字から来る表記であり津と表記して「づ」と発音するのは元が「津」であるからだ、文字変換をしてみれば大抵の文字はそうなっている、“大抵の“と言うのはどう言うわけか「地震」が「JI」で返還する事になっている事が有るからで此れにも若干違和感はある「地」は元が「ち」だから「ぢしん」出なければ成らないがこちらでは「地震」はでない、
本来文字からすればちに濁句点の筈なんだが路地もDIでは変換できないな、
しかし東海道の駅名は全て「Zu」であるが返還してみればわかるがこの入力では返還できない、JRは何か理由が有るのかも知れないがローマ字を勉強し始めた小学生は混乱しないか?
ローマ字表記は色んなルールが有るらしい、巨人の王選手の表記はたしか「OH」だった気がするが只単に「王」の字を読む場合は「おお」になるんじゃなかったかな「おおさま」で変換すると「大様」になるので「おうさま」が正しいのか、確かにこっちなら「王様」と変換出来る、
逆の場合もある、「セーラー服」と発音するが実際は船乗りの制服で「セイラー」である、此れは帆船のセイルから来ているから間違いなく「セイラー」である、セーラーだと「セールスマン」や「セール」つまり売ると言う意味になる、
良く使われるのに日本人の「ライス」は虱の事に聞こえると言うが実は私はアメリカのドメスティックに乗った時珈琲を頼んだらコーラが出て来て3度目は諦めてコーラを飲んでいた事がある、英語の発音どころか日本語の表記まで怪しいのではどうもならん
日本語のルールを「JRのルール」で不特定多数の人間が毎日利用する所に使用するのはうまく無いだろう、日本語の乱れを言われて随分経つがNHKの様な公共放送でもおかしな日本語を使う事がある、イントネーションとアクセントの問題も今の若者達が使う妙な日本語もマスコミの影響も大きいだろう、
上媒体では声の調子までは見えない、抑揚の無い日本語を覚えるのは耳からで親の世代とこの世代でイントネーションに違いが出るのは友人関連が大きいが当然その根源があって其れがタレントやドラマから(TV放送)である事は間違いないだろう、
日本語以外の殆どは言葉はアクセントが重要な言語ファクターになっているが日本語はアクセントではなくイントネーションで同義語を使い分けたり会話の抑揚になったりしている、その日本語生活の人間が突然「英語は抑揚の無い言語だから」とまっ平らな日本語にするとアクセントが無いから全く間の抜けた会話になるのだが殆どの若者が此れを使っているので何時か日本語は抑揚もアクセントもない言語になってしまうのかもしれない
どうもこの妙な日本語を聞いていると情けない様な、悲しい様な気分になって来る