軍艦島にあった「吉田屋」の女郎の正体
英国人が持ち込む阿片禍を見て満州民族の清朝は禁止令を出し、阿片を押収しては焼却処分にした。
漢民族は満州族と違ってひたすらふしだらで欲望に弱い。放っておけばみな阿片中毒になってしまうからだ。
しかし英国は引き下がらない。1840年、軍艦20隻を差し向けて天津を攻略し、阿片貿易を認めさせたうえに香港も取った。
日本は英国の所業に目を凝らし、昌平坂学問所から『阿片始末』を出して彼らの無体を周知させた。
無用ないざこざを避けるために外国船打払いも一時ストップさせた。
日本側には30年前のフェートン号の記憶があった。この英国船は長崎港に入り込んで出島のオランダ人を攫(さら)い、日本側に食料を出せと脅し、港を荒らし回った。
そのときから英国の印象は悪かった。幕府は敵を知るために急ぎ「諳厄利亜(アンゲリア)語」辞典をつくり、この凶悪な国の研究を始めていた。
そこに阿片戦争だ。やっぱり英国は思った通り性悪だった。驚いたのは同じ英語を喋る別の国が、負けた清に俺にも阿片を売らせろと凄んだことだ。「米国」と彼らは名乗った。
こんな危ない国々が日本を窺う。どう対抗するか。幕府だけでなく各藩も真剣に思案した。
まず「薩摩藩が自前で大砲と軍艦を作り始め」(加藤康子、元内閣参与)、萩藩と鍋島藩も倣って、いい鉄づくりを目指した。
それが形になる前に案の定、無体の国からペリーがやってきて「江戸を火の海にしてやる」とすごんで見せた。金正恩の口ぶりとそっくりなところが笑える。
自前の大砲作りは進まなかったが、ただ遅れて参加した南部藩の努力で釜石に大砲を作れる優良な鉄鉱石があることが分かった。
あとはいいコークスさえあればいい鉄が作れる。いいコークスになるいい石炭は1891年、長崎港沖の端島(はしま)で見つかった。
かくて1901年、八幡に製鉄所がオープンし、自前の石炭と鉄鉱石から自前のいい鉄の生産が始まった。
(続く)
新潮文庫
「 変見自在 習近平は日本語で脅す」
高山正之著 より
「 変見自在 習近平は日本語で脅す」
高山正之著 より
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先に書いておくけれど、「プライドが高くて強欲な国」と、「プライドが高いから嘘つきの国」、付き合うならどっち?
まあ、「付き合いたくない」ったって国は引っ越しできないから、嫌でも付き合わなけりゃならないんだけど。
蛇足ながら、男女の仲に関して言えば後者の方が男女とも好まれる傾向があるように思います。「恋人は片目を閉じて見る」って言うでしょ?「嘘つき」に関しては「見ないようにする」か「自分にだけは嘘をつかない(はず)」と思い込む。そこが問題。