きれいな素晴らしい曲をたくさん書いておられる作曲家の新実徳英さんが、こんなことをお書きになっていたのを読んだことがあります。(2013年4月19日 朝日新聞「人生の贈りもの」より)
>(前略)「都会で暮らしていた頃は、音楽は作曲家が作るものだと思っていた。山に暮らすと、人間は自然に生かされているもので、作曲家は来る音を聞いて書きとめる存在だと実感します。
木々のそよぎ、山の陰、星のまたたき。夜通し聞こえる鹿の遠音は神秘の響きです。山にいて降ってくるものを書きとめたものが、僕の音楽になる。
(中略)大自然は恵みであると同時に、人を襲う存在でもある。そのことをもう一度確認し、僕らは人智の及ばぬところで暮らしているという、古代人と同じ視線を持つ時期に来ていると思う。(後略)
そしてまたあるとき、若き(幼き)チェリスト北村陽さんのリサイタル前のインタビュー記事を読みました。その中に、
軽井沢でヨーヨー・マさんに会ったとき、「自分にしかない音を持つにはどうしたらいいですか」と尋ねると
>「鳥の声やすべての自然の営みに耳を傾けてください。そこから自分の音が見つかるから。ぜひ学び続けなさい」という答えをもらったそうです。
写真は、冬の空に現れた環天頂アークです。この空の虹色も、偶然に見つけたときには、そこから音楽が流れているかのような気持ちになる不思議な色あいです。
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>(前略)「都会で暮らしていた頃は、音楽は作曲家が作るものだと思っていた。山に暮らすと、人間は自然に生かされているもので、作曲家は来る音を聞いて書きとめる存在だと実感します。
木々のそよぎ、山の陰、星のまたたき。夜通し聞こえる鹿の遠音は神秘の響きです。山にいて降ってくるものを書きとめたものが、僕の音楽になる。
(中略)大自然は恵みであると同時に、人を襲う存在でもある。そのことをもう一度確認し、僕らは人智の及ばぬところで暮らしているという、古代人と同じ視線を持つ時期に来ていると思う。(後略)
そしてまたあるとき、若き(幼き)チェリスト北村陽さんのリサイタル前のインタビュー記事を読みました。その中に、
軽井沢でヨーヨー・マさんに会ったとき、「自分にしかない音を持つにはどうしたらいいですか」と尋ねると
>「鳥の声やすべての自然の営みに耳を傾けてください。そこから自分の音が見つかるから。ぜひ学び続けなさい」という答えをもらったそうです。
写真は、冬の空に現れた環天頂アークです。この空の虹色も、偶然に見つけたときには、そこから音楽が流れているかのような気持ちになる不思議な色あいです。
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