<<同胞から救出を拒否された日本人>>
私が1年半になるイランへの出張から帰国して間もなくの、1979年に起こった「ホメイニ革命」に伴う混乱を避ける為に、残った人たち全員が引き上げることになりました。
イランの南部からテヘランまでの砂漠地帯を走るのは山賊が出るので危ないと言って、何人かのイランの人たちがボランティアで、身の危険も顧みず、見張りについてくれ、日本人はバスの中に実を潜めて、暗夜を利して走ったそうです。
ところが、テヘランでは日本の飛行機が全て欠航のため、何日も待った後、ドイツの飛行機でアテネ迄飛び、やっとJALに乗換えたそうです。
私は日本で、当時の航空会社の労働組合員が、危険を理由に同胞を救出する救援機への搭乗を拒否したと言う報道を見ていました。
イランの人たち、ドイツの飛行士の人間愛と勇気に比して、敗戦がいかに日本人の心を貧しくしたのかを改めて知って本当に情けなく恥ずかしくなりました。
これと良く似た様な状況だった第一次湾岸戦争の後、政府は他の理由をつけて政府専用機を作りました。
NHKのプロゼクトXで中東の紛争のとき、トルコの飛行士が身の危険を顧みず、日本人を運んでくれた話が出ていました。
然し、この時も、日本の航空会社の組合の搭乗拒否の話は放送の中では出ていませんでした。
多分、政府の人もNHKの人もこんなことを言うのは恥ずかしかったのでしょうね。それとも何か理由があったのでしょうか。
このような耳障りの悪い話は、決してニュース報道の中では出てきません。
然し、最近、話題になっている、日本人の品格、フライドについて考えて貰う意味で、若い人達にもこのことを是非知って貰いたくて、あえて投稿しました。
June 22, 29, July 4, 6投稿参照
[我が生命はみんなの生命より重い]