知人の高校一年生になる息子さんが関東からクラス担任に引率されて本市へボランティア活動のために来訪する、と連絡があった。
何でもその高校は3年連続で気仙沼に来ているとのこと。
4年もたったのに、忘れずにいてくれることが本当にありがたく思えた。
宿泊先がIホテルと聞き、そこは浸水地域だよ、とのど元まで出かかったけれど、送り出す親に要らぬ心配をさせてはならないと思い返し、懐中電灯だけは携行させるようアドバイスした。
当日。お礼と激励のため、ホテルへ面会に行った。
この区域に足を踏み入れるのは震災前以来である。
ロビーには8名の生徒さんがいたのだが、どの青年か、すぐに分かった。
色白で、どこか品があり、母親と同じ聡明な瞳を持っていた。
「今度気仙沼へ行くっておじいちゃんとおばあちゃんに言ったら、目を輝かせて、必ずKくんに会ってきてって言われました。」
笑いながら彼が言う。
そうか、僕はきみんちの書生みたいなものだったからね。
ご無沙汰してしまって、本当に申し訳ない。
「おばあちゃんはいまだに言ってますよ、ママのおムコさんがKくんだったらよかったのにって。でも、ママはKくんはソウルメイトだからって、笑っています。」
あははは、嬉しい表現だけど、実際は荷物持ちの付き人だったような気がするなあ。
聞けば今回のボランティア活動はきみたち生徒さんが自主的に組み立てたプログラムだから、ごちそうしたり、車で案内したりするのもダメなんだってね。
「そうなんです、すみません。
ねえ、Kさん、初めてお会いしましたが、こうやってお話していると、なんだかとっても懐かしいカンジがするんです、近いうちに今度は一人で来てもいいですか?」
もちろん!ぜひいらっしゃい。次はなにかおいしいものをごちそうしましょう。ただし、きみのパパがいいって言ったらだよ。
じゃあ、またね。気仙沼に来てくれてありがとう。
これをおばあちゃんへお土産にお渡ししてくれないかな。
この街で一番おいしい海苔だ。
帰省するたび、よくきみんちへ持って行ったものさ。