NPO法人なごやかの法人本部事務室へ届け物を持って入って行くと、理事長が地元紙を広げ、熱心に見入っていた。
声を掛けようとして、M事務長が私へしきりに目配せしているのに気がついたのだが、遅かった。
ああ、きみか、今日は介護の日(11月11日)特集ということで、K市内の介護福祉関連企業の広告がまとめて掲載されているんだ。
毎回カラー広告の当法人は、今回はこのように秋色にしてみた。どうだい?
事業所名をずらりと並べるのは悪趣味だけれど、他社がそうなっているため、比べて気にする職員たちもいるので、仕方ないのだ。
この広告群を見ながら「大きなつづらと小さなつづら」の話を考えているうちに、なんだか泣きそうになってしまった。
昔々、あるところに三人の女性がいた。その中の一人は万事控えめで、一番小さくて、見てくれの良くないつづらを選んだ。そのつづらは選んでもらえたことにどうやって応える?感謝の気持ちをどう表わす?
なんとしても、大きなつづらより大きくなるほかないじゃない、ここよりも。
―そう言って理事長は例の「元カレ」の法人の広告を指でさし、トントントントンと神経質に叩いた。
S市へ出張するたび好んで訪れていたビストロレストランが今月末で閉店すると知った。
テナントビルとの契約更新の時期到来により、と理由がメニュー表に記されていたが、市内でも有数の好立地だけに、賃料や更新料が重荷になったのだろう。
今日はボサノバ・アレンジの「ヴィーナス」や「フール・オン・ザ・ヒル」、「ミセス・ロビンソン」がBGMで流れている。
店や商売には寿命があると常々思ってはいるものの、自分好みの場所がなくなるのは、残念だ。
本市でも市立病院が移転して以来、跡地エリア内の小さなお店が軒並み閉店している。
今年中に市役所の移転予定地が決まるとのこと、このような「街壊し」が二度と起こらないことを切に願っている。
紳士の訪問客
とても丁寧な作りのこの作品は、80年代の「ガラスの動物園」です。
デ・ニーロがいわゆる、ジェントルマン・コーラー(紳士の訪問客)。
エド・ハリスが演じたヒロインの兄のニックネームが「ハイスクール」というのも、泣かせてくれます。(1989年公開)
先日地上波で放映されていた「マイ・インターン」は公開時(2015年)、ひょっとして守護天使かジェントルマン・コーラーの話かな、と思って観たのですが、そこまでいかないライトタッチの、ただのハートウォーム・コメディでした。デ・ニーロを使って。
2012年の暮れ、書店でこの「ロバート・アルドリッチ大全」を初めて見かけたときは、危うく通路に倒れ込みそうになった。
21世紀にこんな本が出版されるなんて。
手に取ってみると重いのなんの、ハードカバーで570ページ、4200円(税別)、出版元は国書刊行会だ。
伝記、全作品解説、と迷監督アルドリッチのすべてがぎっしり詰まっている。
枕にしたら、「べラクルス」や「北国の帝王」の夢を見るかもしれない、とワクワクした。
アルドリッチは晩年ヒット作に恵まれなかった。
遺作になったのは女子プロレスラーのコンビと、ピーター・フォーク演じる中年マネージャーのロードムービー、「カリフォルニア・ドールズ」だった。
ゲテモノと思ってはいけない、これが小品ながら、とてもいい出来なのだ。
驚いたのは、この映画の公開時(1982年6月)、僕は新宿の二番館で観たのだが、クライマックスのタイトルマッチの結末に、客席から拍手が起こったこと。
長く映画を観続けてきたけれど、こんな経験は後にも先にも一回きりだ。
この話にはもう少し続きがある。
30年以上たったある日、たまたま手に取った雑誌のインタビュー中で、佐藤浩市が同じ体験を語っていた。「ドールズ」が上映されるたびそうなっていたのか、佐藤と同じ場所にいたのか(彼は少しだけ年長だ)は定かではないが、そんな、ひとの胸を打つエンディングを持った作品なのだ。
だんだんピーター・フォークが自分に思えてくるから不思議だ
時々このひとは私に興味がないのかも、と感じていた。
お互いある程度の年齢なので仕方がないにしても、誕生日だったり、星座だったり血液型だったり、好きな色だったり、尋ねて欲しいと思う時が誰だってあると思う。
先日、思い切ってそう言ってみた。
するとこんな答えが返ってきた。
「最近ね、昔きみを知っていたというひとに何人か立て続けに会った。
僕の返事は、『ああ、そうでしたか』のひとことで、相手はみな拍子抜けしたような顔をしていた。
たぶん、そう聞けば僕が急き込んでさまざま尋ねてくると思っていたのかもしれない。
でも僕は幸い他人から分けてもらわなくても十分なほどきみとのエピソードを持っているし、いろいろ質問しなくたって、こうして今見えている目の前のきみでいいんだけどな。」