突然持ち上がったデイサービスの開設に関する夫の熱意に根負けした私は、会社への後ろめたさを感じながら、夫の親友Mたちと話し合いの場を持つことにした。
Mが連れてきた職員候補の老健職員は、妙に目がギラギラと輝いている中年男性でKといった。
Mと夫の話は情けなくなるほどネットやハウツー本からの借り物の情報ばかりだったが、そのKの話は現場の中堅職員だけに、説得力があった。
運営法人の設立、指定申請書類の作成、建物の改装、初期費用と運転資金のねん出、備品の購入、各種書式の整備などなどを、Kが私たちに上からびしびしと振り分けて行った。
だんだん私は上気してきた。
これらすべては、私がNPO法人なごやかの理事長のすぐ傍らにいて何度となく見聞きした事柄で、記憶が生き生きとよみがえった。
ちんぷんかんぷんといった表情の男たちを内心軽蔑しながら、私は自分に振り分けられた作業について、その場で了承した。
私は事業所の管理者と決まった。
私は翌日からやまねこデイサービス内でこのひとと思う職員へそれとなく声掛けを始めた。
ところがその反応は予想に反して意外なものだった。
ふだんはこまごま不平を口にしている彼女たちだったが、私が立ち上げるデイサービスへ誘っても、色よい返事をする者は一人もいなかった。
―私はなごやかに勤めながらもう一人子供を産もうと思っている。
―私は来年、介護支援専門員試験に挑戦し合格したらなごやかの居宅部門へ移りたいと思っている。
―私は今の同僚たちが好きだから動く気がしない、どうしてあなたは独立なんて考えたの?
私のモチベーションは入口からすっかり下がってしまった。
それでも、守りに入っているひとたちと私は違うのだ―そう考えることにして気を取り直し、前に進むことにしたのだが―。
(つづく)
3月15日、グループホームぽらん気仙沼が11周年を、社会福祉法人千香会さんのグループホームぽらんが12周年を、それぞれ迎えた。
一日も途切れることなく、ひとり夜勤をつないできた職員たちの地道な努力があってこその、毎年の記念日だ。
フランス遠征を企てた若きイギリス王ヘンリー五世。
数倍の敵軍と対峙したアジンコート(アジャンクール)の戦いを目前に控え、敗色濃厚と意気消沈している自軍の兵士たちを、雄々しく鼓舞する。
今日は10月25日、聖クリスピアンの祭日だ、
今日を生きのびて無事故郷(くに)に帰るものは、
今日のことが話題になるたびにわれ知らず胸を張り、
聖クリスピアンの名を聞くたびに誇らしく思うだろう。
今日を生きのびて安らかな老年を迎えるものは、
その前夜祭がくるたびに近所の人々を宴に招き、
「明日は聖クリスピアンの祭日だ」と言うだろう、
そして袖をまくりあげ、古い傷あとを見せながら、
「聖クリスピアンの日に受けた傷だ」と言うだろう。
老人はもの忘れしやすい、だがほかのことはすべて忘れても、
その日に立てた手柄だけは、尾ひれをつけてまで
思いだすことだろう。
そのとき、われわれの名前は日常のあいさつのように
くり返されて親しいものとなり、
王ハリー(注:ヘンリー5世)、ベッドフォード、エクセター、ウォリック、
トールボット、ソールズベリー、グロスターなどの名は
あふれる杯を飲みほすたびに新たに記憶されるだろう。
この物語は父親から息子へと語りつがれていき、
今日から世界の終わる日まで、聖クリスピアンの祭日が
くれば必ずわれわれのことが思い出されるだろう。
少数であるとはいえ、われわれしあわせな少数は
兄弟の一団(バンド・オブ・ブラザース)だ。
なぜなら、今日私とともに血を流すものは
私の兄弟となるからだ。
いかに卑しい身分のものも今日からは貴族と同列になるのだ。
そしていま、故国イギリスでぬくぬくとベッドにつく貴族たちは、
後日、ここにいなかったわが身を呪い、われわれとともに
聖クリスピアンの祭日に戦ったものが手柄話をするたびに
男子の面目を失ったようにひけめを感じることだろう。
「ヘンリー五世」ウイリアム・シェイクスピア
(小田島雄志訳:白水社版より)
あっという間に大震災から6年の月日が流れた。
その間にNPO法人なごやかは、定員12名のデイサービスマリヴロンや小規模多機能ホーム虔十をオープンさせ、地域に根差した事業型NPOとしてますます愛される存在になっていた。
私は二年前に介護支援専門員試験に首尾よく合格し、やまねこデイサービスで相談員として働きながら、居宅のケアマネジャーさんたちからさまざまなことを学び、情報交換を続けている。
ある日帰宅すると、夫が妙な表情を浮かべて待っていた。
親友のお祖母様が亡くなり、空き家になったその土地と建物を相続することになったそうなのだが、親友はその建物を使って私にデイサービスをやってみないか、と夫に持ち掛けてきたのだという。
私のやまねこデイでの経験と、くらかけデイで見聞きしたノウハウを使えと。
私は心底驚いたが、夫はたいそう乗り気で、話しながら目が輝いていた。
職員はお前の会社から何人か引き抜けるだろう、オレが会社を辞めて送迎車の運転手をしてもいいぞ、とまで言う。
その日からというもの、毎日のように夫はデイサービス開設の件を熱心に話しかけてくる。
まるでもう、そのことしか考えていないようだ。
この、異常なくらいの熱意は会社勤めに飽きて、その代わりになるものを見つけたと思っているからかもしれない。
それにしても、私と結婚する時でさえ、こんなに熱心ではなかったように思える。
夫の親友も周囲の知人に声掛けしているらしく、来てくれるナースと介護員が一人ずつ見つかったと言っているそうだ。
(つづく)
社会福祉法人千香会さんが、今年度の24時間テレビ「愛は地球を救う39」の募金で購入された福祉車両を贈呈されました。
おめでとうございます。
ダイハツアトレー4WDの車イス積載用スローパーです。
番組ロゴも、法人・ホーム名も、ナンバープレートも、すべてまぶしいですね!
グループホームぽらん気仙沼でお昼に雛祭りメニューをごちそうになりました。
彩り鮮やかなちらし寿司に手作りの桜餅までついて、とってもおいしかったです。
独身の女性職員たちは、畳スペースに鎮座しているガラスケース入りの雛飾りを見ながら、今日中に片付けなくちゃね、とくすくす笑っていました。
「雛飾りをしまい遅れると、婚期が遅れる」と言われていますが、それは「片付けができないようでは、しっかりした女性になれず、お嫁にもいけませんよ!」という、しつけの意味を込めての言い伝えだそうです。 雛飾りは、飾るのもしまうのも情操教育のひとつだったのですね。
向かいの小規模気仙沼でも手作りの桜餅をいただきました。