一週間ぶりに喫茶店アルファヴィルのオーナーが帰ってきた。
入院した隣県にいる友人を心配して、看病に出かけていたのだ。
お店は休業するとオーナーは言ったけれど、常連さんたちのことを考えて、私と女スパイルックのIさん、それにアルバイトのコでなんとか留守を守り切った。
NPO法人なごやか理事長も気が気でないのか、何度も顔を出している。
コックスーツに着替えたオーナーは手早くアップルパイを作りながら、私たちにお土産話をたくさん聞かせてくれた。
「あちらへ行って五日目の朝に、なんだか夢見が悪くてね、理事長さんに電話したの。こちらはもうだいぶ涼しくなりましたよ、と何でもないことをいつもの口調で話されるうちに気持ちがみるみる落ち着いてきた。ありがたかったな。そしたら急に、『オーナー、痩せたり太ったりしていませんか』と尋ねられて。それがおかしくって笑ったら、電話の向こうでも笑い声がして、ああ、早く帰りたいな、と思った。」
とりとめがないようでいて胸を暖くするエピソードに、私たちも顔を見合わせて吹き出してしまった。
今度夢見が悪かったら、私も理事長へ電話しようかな。
涙あふれて(ジャガー/リチャーズ/オールダム)
いつもの夕暮れ時
私は腰をおろし 子どもたちが遊ぶのを眺めている
笑顔が目に映るけれど
それは私に向けられたものではない
座って眺める私の目から 涙があふれる
お金ですべてが買えるわけではない
子どもたちの歌声が聴きたいけれど
聞えてくるのは
雨が地面に降りそそぐ音だけ
座って眺める私の目から 涙があふれる
いつもの夕暮れ時
私は腰をおろし 子どもたちが遊ぶのを眺めている
私が昔していたことも
子供たちには目新しいこと
座って眺める私の目から 涙があふれる
僕の生涯の自慢は、1990年6月、初来日を果たしたマリアンヌ・フェイスフルへバラの花束を渡し、その際にステージ上から頬にキスをもらったことだ。
「涙あふれて」は当時18歳だった彼女のデビュー曲(1964年)。
のちに恋に落ちるミック・ジャガーが提供した佳曲である。
こちらはジャン・リュック・ゴダール監督の「メイド・イン・USA」(1966年)の出演シーン
as tears go by
It is the evening of the day
I sit and watch the children play
Smiling faces I can see
But not for me
I sit and watch as tears go by
My riches can't buy everything
I want to hear the children sing
All I hear is the sound
Of rain falling on the ground
I sit and watch as tears go by
It is the evening of the day
I sit and watch the children play
Doing things I used to do
They think are new
I sit and watch as tears go by
Hmm, hmm, hmm, hmm, hmm....
時節柄、介護サービス事業所の敬老会はピークを迎えています。
招かれて参加する会はどこも事業所なりの工夫が凝らされていて、規模が大きくても、小さくても、職員たちの温かい気持ちがよく伝わってきます。
〇小規模多機能ホーム気仙沼
午後のおやつの時間に、職員による合奏や南中ソーラン節などの余興も交えてにぎやかに開催されました。
折り紙が鶴、最中が亀、と縁起ものです。
〇グループホームぽらん気仙沼
こちらはお昼に利用者様と行事食を静かにいただきました。
大変豪華なお弁当でした。
〇グループホームポラーノの杜
こちらの入居者様は100歳を迎えられたということで、国・県からの金杯ほか表彰状が伝達されました。おめでとうございます。
どうぞますますお元気で。
〇グループホームぽらん
申し訳ありません、起案書をしっかり確認せず、期日を一日間違え、すっぽかしてしまいました。
こんな失態は初めてです。
ゴメン、この埋め合わせはきっとします。
今日は私が管理者を務めるやまねこデイサービスの敬老会だ。
小雨降るあいにくの天候にもかかわらず、定員40名の全員がいらしてくださり、大ホールは身動きもままならない状態になっていた。
出入り業者のMモータースの社長さんが特技のフォークギターで利用者様の歌や職員の合唱に伴奏をつけ、座を盛り上げている。
隣に座ったNPO法人なごやか理事長はというと、その合い間に「スカボロー・フェア」や「ミセス・ロビンソン」、「500マイルズ」などを個人的にリクエストしては、譜面がないとちょっと、とM社長さんを困惑させていた。
もちろん、そんないたずらめいたことばかりしているわけではなく、お茶とジュースのペットボトルを両手に持って利用者様お一人お一人にお酌しながらお礼を述べて回っているところは、やはり経営者だな、と私はひそかに感心していた。
仕事柄、紅白の大福餅やまんじゅう、最中が出る席に座ることが多いのだが、そんな時、隣の職員に時々尋ねてみる。
「きみは紅白、どちらから食べる?」
たいていの場合、きょとんとした顔で「考えたことがありません」あるいは「考えたことも、ありません」という答えが返って来る。
そうか。
僕は必ず白から食べる、いや、白だけ食べて赤は持ち帰る。
置き忘れることの方が多いのだが、それが僕の貧乏くさい、長い習慣である。
母親や、今は娘に見せたくてのことだ。
それに、赤から食べると、元々紅白のセットであったかどうか、わからなくなるではないか。