軽装の夏は二つ折りの財布、そのほかの季節は長財布、と使い分けているせいか、どちらも思いのほか長持ちしていたのだが、とうとう前者が壊れてしまい、買い替えた。
壊れたものはラルフ・ローレン、新調したのはコール・ハーン。
どうやら僕は死ぬまで頭の中がアメリカンのようだ。
柔らかい黒の牛革に(傷つきにくい)大きめのシボ加工のシリーズを選んだので、また長く使って行くことになるだろう。
若きプロデューサー、フィル・スペクターが60年代前半に創り出した「ウォール・オブ・サウンド」の代表曲の一つ、クリスタルズの「キッスでダウン」(1963年)をBGMにして、流麗なワンカットの移動シーンを撮ったマーティン・スコセッシ監督の「グッドフェローズ」(1990年)はすでに紹介済みだが、それより前に、やはり「キッスでダウン」を使って楽しいシーンを撮った映画人がいる。
「ホーム・アローン」シリーズや「ハリー・ポッター」シリーズで知られるヒットメイカーのクリス・コロンバス監督である。
元々脚本家だった彼は自分の監督デビュー作「ベビーシッター・アドベンチャー」(1987年)のメインタイトル部分でこの曲を使い、主演女優のエリザベス・シューにデート前のワクワク感を見事に体現させている。
さらに3年後の「ホーム・アローン」の主題歌は、フィル・スペクターの秘蔵っ子で、クリスタルズ名義のシングルも出したダーレン・ラブが歌っている。
経緯などはわからないが、よほどウォール・オブ・サウンドが好きだったのだろう、と勝手に想像している。
Then He Kissed Me
(Phil Spector, Ellie Greenwich, Jeff Barry)
Well, he walked up to me
And he asked me if I wanted to dance
He looked kinda nice
And so I said, "I might take a chance"
彼がわたしに歩み寄ってきて
踊ってみないって聞いたの
彼ってちょっといいカンジ
だから私は答えた、踊ってみようかなって
When he danced, he held me tight
And when he walked me home that night
All the stars were shinin' bright
And then he kissed me
踊っている間、彼は私を強く抱きしめた
そのあと、家まで送ってくれた
すべての星が明るく輝いていた
そして、彼はキスをくれた
Each time I saw him
I couldn't wait to see him again
I wanted to let him know
That he was more than a friend
彼に会うたび
次に会うのが待ちきれない
彼に知って欲しいの
あなたが友達以上の存在だってことを
I didn't know just what to do
So I whispered, "I love you"
And he said that he loved me too
And then he kissed me
どうしたらいいのか分からなくて
愛してるってささやいたら
言ってくれたの、僕も愛してるって
そして、彼はキスをくれた
He kissed me in a way
That I've never been kissed before
He kissed me in a way
That I wanna be kissed forever more
こんなキス初めて
これからもずっと欲しいキスをくれた
I knew that he was mine
So I gave him all the love that I had
And one day he took me home
To meet his mom and his dad
彼はもう私のもの
だから私のありったけの愛を彼に捧げる
ある日、彼の家に行って
ママとパパに会ったの
Then he asked me to be his bride
And always be right by his side
I felt so happy, I almost cried
And then he kissed me
お嫁さんになってくれないかって彼は私に聞いた
いつもそばにいてくれないかって
とっても幸せな気分 もう泣きそうだったわ
そして、彼はキスをくれた
1965年、ウォール・オブ・サウンドの大ファンであったブライアン・ウィルソン率いるビーチボーイズは「キッスでダウン」の歌詞を男の子版に書き換えてレコーディングしている。邦題は「あの娘にキッス」。
大きな改変はないのに、改めて丁寧に読んでみるとなんとも胸を打つ歌詞なので、下に訳しておく。
then I kissed her
Well I walked up to her
and I asked her if she wanted to dance
She looked awful nice
and so I hoped she might take a chance
僕は彼女に歩み寄り
踊ってみないって聞いた
彼女は最高に素敵だった
だから僕は彼女が踊ってくれるよう心から願った
When we danced I held her tight
Then I walked her home that night
And all the stars were shining bright
And then I kissed her
踊っている間、僕は彼女を強く抱きしめた
そのあと、家まで送った
すべての星が明るく輝いていた
そして、僕は彼女にキスした
Each time I saw her
I couldn't wait to see her again
I wanted to let her know
that I was more than a friend
彼女に会うたび
次に会うのが待ちきれない
彼女に知らせたい
僕が友達以上の存在だってことを
I didn't know just what to do
And so I whispered I love you
And she said that she loved me too
And then I kissed her
どうしていいか分からなくて
愛してるってささやいたら
言ってくれた、私も愛してるって
そして、僕は彼女にキスした
I kissed her in a way
that I'd never kissed a girl before
I kissed her in a way
that I hope she liked for evermore
他のコとは違うキスを
これからもずっと欲しいと思ってくれるキスをした
I knew that she was mine
so I gave her all the love that I had
Then one day she'll take me home
to meet her mom and her dad
彼女はもう僕のもの
だから僕のありったけの愛を彼女に捧げる
ある日、彼女は僕を家に連れて行き
ママとパパに会わせてくれた
Then I asked her to be my bride
And always be right by my side
I felt so happy that I almost cried
And then I kissed her
お嫁さんになってくれないかって彼女に聞いた
いつもそばにいてくれないかって
あまりに幸せな気分で 僕はもう泣きそうだった
そして、僕は彼女にキスした
And then I kissed her
And then I kissed her
五月待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする
(古今和歌集 よみ人知らず)
訳:五月を待って咲いた橘の花の香りをかげば、 昔知っていたひとの袖の香りを思い出し、なんとも懐かしいものだ
「伊勢物語」でも取り上げられたこの名歌以後、花橘が題材の歌のほとんどは懐旧の情、それも昔の恋人への思いと結び付けて詠まれることになったそうだ。
今日は二の丸の土塀の修繕に旧知の大工棟梁が来ている。
東葛兵部は自ら盆に急須と茶碗、まんじゅうを乗せて作業現場を訪ねた。
これは中老様直々のお出ましで、と兵部の姿を認めた棟梁は人懐っこい笑顔を浮かべた。
腕は最高なのだが、こうと思ったら施主の言うことすら聞かない頑固な性格が災いして働く場所を失くしていたのが、兵部に拾われて城へ出入りするようになった老大工だった。
濡れ縁に並んで茶を飲みながら、棟梁が言った。
「兵部様、隣の国にも腕のいい大工はおりますでしょうか?」
どうした棟梁、やぶから棒に。
「いえね、あなた様のお取立てでこのようにお城で仕事をさせていただいておりますが、とりわけ、姫様のお住まいをあちこち修繕した際に、あのお綺麗な方からお褒めのお言葉をかけていただいて、なんだかこの歳になってまた腕が上がったような気がしております。
時々うちのばばあと話すのですが、姫様がお輿入れする前に何かもう一つ、腕を振るってお目に掛けたかったなぁと。それだけが心残りでなりません。」
「うむ。そう嘆くでない、棟梁、そなたの腕前が比類なきものであることは姫様もよくご存知だ。いつかあちらで大工の仕事をご覧になることがあれば、きっとそなたを思い出して物足りなく思ってくださるであろうぞ。」
そうでしょうか、と棟梁は嬉しそうに顎を上げた。
兵部は内心驚嘆していた。
この半ば操縦不能の老徹な男にためらいもなく思慕の念を語らせるとは、やはり我が姫様は三国一の姫君よ。
そう思ったとたんに口をついて出た大きなため息を、彼はあわててごまかした。
私はNPO法人なごやか理事長に連れられて、小さなイタリアンレストランにお邪魔した。とにかく狭いお店だったけれど、料理は本格的で、デザートのドルチェもおいしかった。
いつからこちらへ?と理事長に尋ねると、彼は笑って言った、少し前の日曜にふらりと立ち寄ったら、たぶん学童保育が休みだからなのか、カウンターの端に小さなお嬢さんが座ってタブレットPCでなにかを読んでいて、帰り際にはカウンター内の両親と一緒に、ありがとうございましたって、恥ずかしそうに声を掛けてくれたんだ。お店の子供あるあるだよね(笑)
僕もお店の子供で、シャッターの開閉や朝の雪かきが「仕事」だった。
たまたまそこに同級生が通ったりすると、ホント恥ずかしかったものだよ。
ああ、分かる、と私はうなずいた。
私は家具屋の娘で、夕方、店の前にずらりと並べた小ぶりな三輪車を、番頭さんと取り込むのが「仕事」でした。お母さんも店に出ていたため、お客さんに居座られると夕ご飯にならなくて。お店の子供ってなんとなく悲しいですね。
「鼻息の荒いのも、中にはいたけど(笑)お店の子供たちは、親の喜びや悲しみを嫌でも目の当たりにしながら暮らして行く。なんにせよ、子供たちが自分ちのお店を誇らしく思える時代がまた来るといいね。」
そんな思いから、理事長はここへ通っていたのか。