3月末に書店の棚に見つけた時は驚きのあまり、え?と声が出そうになった。
1937年発表の埋もれた犯罪小説が、この21世紀に本邦初訳で刊行されるか。
本作は1948年に鬼才ニコラス・レイが初監督作として映画化し、さらに1974年にはロバート・アルトマン監督、キース・キャダイン主演の名コンビでリメイクされている。
後者の邦題は「ボウイ&キーチ」だ。
何度か書いているとおり僕は書斎仕舞いの最中で、なるべくもう書籍は買わないことにしている。
それでもフラフラ書店に行ってしまうのだから、活字中毒はなかなか治るものではない。
この本も、購入すれば書棚のニコラス・レイの「文脈棚」に貼り付いて引きはがすことは困難になる。
実を言えば、昔神田で見つけたボロボロのペーパーバックの原書がすでに評伝「ニコラス・レイ:ある反逆者の肖像」や監督作のビデオテープなどとともにきっちり並んでいるのだ。
処分しなければならないものを、これ以上強化してどうする。
「夜の人々」はヒロイン、キーチ役のキャシー・オドネルが最高だ。
地味なジーン・ティアニーといった風情の彼女だが、ヒチコック映画出演時と同様に線の細い相手役のファーリー・グレンジャーへ「ボウイー」と呼びかける独特の口調は耳から離れない。
アマゾン・プライムだと無料視聴できるので、ぜひぜひどうぞ。
いつもいいネクタイを締めておきたい、と思うようになったのはほんのささいな出来事がきっかけだった。
サラリーマンになって間もないころ、NTTからヘッドハンティングされてきた東大卒の上司と昼食をとりにオフィスを出た。
すると南新宿のビル風にあおられて上司のネクタイが裏返ったのだが、サンローランのものだった。
イヴ・サンローランだからというよりは、こういう風に他人に見られてしまうのだということのほうが、強く印象に残った。
以来、僕は安月給をやりくりして少しずついいネクタイを買い揃えて行った。
長い長い年月の間に、いいコートをクロークへ預けると一番取り出しやすい位置に置いてくれることや、いい車を乗りつけると一番出やすい駐車スペースへ誘導してくれることも知った。
世の中はそういうものなのだと。
40歳を過ぎたある日、出張で前夜泊まったビジネスホテルから電話が入った。
クローゼットの床にネクタイが落ちていたのですが、井浦様のものではありませんか?
ああ、ハンガーに掛けていたのが滑り落ちたのに気がつかなかったのかもしれません、たぶんランバンですよね?
さようです、高価なお品物ですのでお困りではないかと思いご連絡差し上げました。
映画「あの胸にもう一度」でのマリアンヌ・フェイスフルの衣裳がランバンだと知り、好んで買っていたのだが、いいものはこうして戻ってくるのか、と少し嬉しくなった。
風で裏返ると。
外勤に出ようとエンジンをスタートさせてからなにげなく眺めたパネルのメーターを、思わず二度見してしまいました。
あわてて携帯電話を取り出し、ロックを解除してカメラ機能が立ち上がるまでの数秒のうちにシャッターチャンスを逃してしまわないか、内心ヒヤヒヤものでした。
なんとか無事に撮影し、額の汗をぬぐいながら、今日はそんな日なのか、と車内でひとりごちています。
なんだか前にもこんなことがあったな、と調べてみたら、8年前の8月8日でした。