優しく聡明な妹は、死の床にあってなお、他者のことを思いやっていた。
「うまれでくるたてつぎはこたにわりやのごとばかりでくるしまなあよにうまれでくる(今度生まれてくる時は、我がことではなく、他者のために苦しむひとでありたい)」
まがったてっぽうだまのように病室から外へと駆け出た兄は、松の枝からすくい取ったふた碗の雪に心から祈った、
「どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまえとみんなとに聖い資糧をもたらすように
わたくしのすべてのさいはいをかけてねがふ」と。
他者のために自分のすべてのさいわいを捧げてから9年後、同じように病に倒れた兄は小さな黒い手帳にその願いを書きつける。
「慾ハナク
決シテ瞋(イカ)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ」
1984年1月1日早朝、ライブハウスで夜通し騒いだ僕たちは、とうとう1984年が明けたけど、ジョージ・オーウェルが小説「1984年」で描いたような全体主義の監視社会はやってこなかったね、と感慨深く話し合っていた。「ビッグ・ブラザー」(小説に登場する独裁者)も現れなかった。
コロナ禍の中、首都圏ではビッグ・ブラザーならぬビッグ・シスターが怪しい英語の多用とフリップ芸で都民を恐怖と混乱に陥れている。スーパーマーケットの買い物かごの数まで指図される社会に生きることになるとは。
1974年のテレビ番組より、デビッド・ボウイの名曲「1984年」
令和2年 4月吉日
当組合員様ならびに非組合員様 各位
K市福祉施設等運営法人組合
会長 井浦典行
(社会福祉法人千優会 理事長)
本市よりの再度のマスクの提供について
拝啓 春暖の候、皆様におかれましてはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。平素は当組合の運営に格別のご協力ご支援を賜り、心より感謝と御礼を申し上げます。
さて、つい先日、本市よりいただいたマスクをお配りしたところですが、みなさまからの感謝の声と気持ちが伝わり、S市長様のご指示によって再度、本市より市内介護サービス事業者へと大量のマスクを、当組合を通じてご提供いただきました。
事業者および介護職員に対するこのような手厚い支援は、県内どの市町村にもないことです。
前回同様、おおむね職員数に応じて按分し、組合員・非組合員の別なく公平にお配りいたしますので、受領後はまた担当部署の市福祉介護課様まで受け取った旨、お礼と報告の連絡を入れていただければ幸いです。
当組合はこれからもこのように市当局と民間介護サービス事業者との良好な関係の構築を心がけてまいります。引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。
敬具
「地上最大のショウ」(1952年)は、実在のサーカス団リングリング・ブラザースの全面協力を得て製作された娯楽大作で、昔はテレビで繰り返し放映されていた。
サーカス団の様々な人間模様や恋の駆け引きなどが描かれていて、長尺ながら飽きさせないのだが、その中にとりわけ忘れられないキャラクターがいた。
移動中も道化のメイクを落とさない人気者のバトンズだ。
ある日サーカス団の列車に刑事が乗り込んできた。
不治の病にかかった愛妻を安楽死させた逃亡中の医師の行方を追っているのだという。
そんな時、列車事故が起こる。
団長(チャールトン・ヘストン)は瀕死の重傷を負ってしまい、恋人の空中ブランコ乗り(ベティ・ハットン)は、現場から黙って立ち去ろうとするバトンズへ必死に懇願する。
「あなたがもし愛するがゆえに人を殺したのだとしたら、私の愛する人を生かしてちょうだい、あなたが男なら。」
「わかった、これでも男だよ。」
バトンズは刑事の目の前で団長を適切に処置し、逮捕される。
子供心に立派だな、と思った。
その後、このバトンズを演じて最後まで素顔を見せない俳優が、フランク・キャプラ監督の「素晴らしき哉、人生!」や、ヒチコックの「裏窓」、「めまい」、さらには「グレン・ミラー物語」などの代表作を持つ大スターのジェームス・スチュアートだと知り、一層感心したものだった。
当時の劇場予告編。2分45秒から。
昨年の台風19号で被害を被った県南の鉄工場のミニ特集をテレビで観た。
たしか、今年1月にも別の局の番組でこの会社を観た記憶がある。
グループ補助金で見積り金額3億円の工場を再建する、という内容だった。
まだ若い経営者のその熱っぽい表情は、かつて大震災直後に本市の多くの男たちの顔に浮かんでいたものとよく似ていて、とても不安な気持ちになった。
NHKの地方ドキュメンタリーや地方紙の特集企画で、グループ補助金を活用した石巻市や釜石市の企業の窮状および破綻が繰り返し報じられているが、自分自身、多額の二重ローンを経験してはっきり分かったことがある。
それは、大きな災害で負った大きな負債は、平時の事業ではとても返せない、という一点だ。
今から20年ほど前、一関市K町という小さな町が北上川の支流の氾濫で水没し、そこから復興バブルが起こったものの、その結末は、いっときの好況に沸いた建設会社がすべて倒産するという、惨事だった。
その時僕はずいぶん前に観たNHKのドキュメンタリー番組を思い出していた。
奥尻島が地震と火災から復興したけれど、工事が終わった後は巨大な堤防だけが残り、島民の多くは流出、収賄で逮捕された町長がヘリコプターで島外へ護送されるという、苦い結末だった。
3億円の自己負担分1/4=借入れは7500万円、僕のそれよりは少ないけれど、子供が会社を継ぐと言ってくれても、そんな気にはなれない金額である。
道の入り口や途中では分からないことだけに心配になったが、その鉄工場さんは地域の復旧復興の熱が冷めないうちに返済を終えてくれることを願うばかりだ。
グループ補助金の特集記事の中に、(ほとんど唯一の)成功例が記されていた。
石巻の女性経営者で、二つあった工場のどちらも流されたのを集約して、一つだけ再建した。
事業規模は縮小したものの、着実に復興を遂げており、時が満ちたらもう一つを自費で再建したいと語っているとのことだった。
思うに、最大のポイントは、経営者が女性だったということだ。
男性の意味のないプライドや見栄を持たず、時には負けを認め、今の自分の身の丈に合ったことを行なう。
僕もそうだったが、3つ流されたら3つ再建しないでどうするのだ、といった内外のヘンな熱気と圧力に巻かれてしまうことなく。
やはり、聡明な女性たちの判断やアドバイスに、われわれ男たちはいつも虚心に耳を傾けなければならないのだろう。