波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

イチゴの赤を描きたくて

2025年04月02日 | 図工・調理

こんな年齢に何とかなれたんだねを高齢者夫妻が確認する誕生日夕餉。寿司とケーキが定番のお誕生日会は「健康だから食べられるんだよな」を毎回どちらともなく呟く。ママヨさんが「今年は大きなケーキを買いましょう」なんて前日に言い出したのは、ラインで送られてきた息子の家の誕生会に刺激されたから。
それを丁重に断る波風氏に、あっさっりと「では大型ケーキは終了」のママヨ宣言。その代わりに波風氏がイチゴ所望。旬でないものを食べる気は全く無いが、ママヨさんの少し高まった気分尊重しつつ、赤い苺を描きたいと思ったから。4枚描いた、だんだん単純化し、これが最後、やっと嫌らしさが薄れた一枚。色画用紙に9B鉛筆、クレパス、薄墨で。緑色使いたいのをグッと我慢して。


波風氏と同年齢の芸能人、三浦友和、柴田恭兵、笑福亭鶴瓶、さだまさし、三宅裕司、イッセー尾形、水谷豊、池端真之介、風吹ジュン、夏木マリ、中島みゆき、小柳ルミ子、松阪慶子、桃井かおり、故忌野清志郎、故坂本龍一・・・・好きな方がいっぱいいる、というか長く残る方はやはり持ってるんだね イチゴ買いの教訓、必ず一番高いのを買うべし。

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感じる文字

2025年03月31日 | 日記・エッセイ・コラム

文字というか、字を書くのが好きだ。手書き文字の手紙をもらうのも嬉しい。その人らしさを感じる。自分の書いた字はどんなふうに感じてもらうのかなあと思う。AIは教えてくれるが感じてはくれない。画一的書体のワープロ文字氾濫の今、手書き文字の価値はますます上がっているのでないかな。
歴史的な名筆をたどる『文字に美はありや。』(伊集院静著:文藝春秋)を興味深く読みながら、波風氏はどんな文字が好きなのか思い浮かべていた。

 

2人いる。1人は緒方拳の筆文字。実物を旅館桜井(礼文)の食堂で見て「好き」を確信。もう独りは伊丹十三で、明朝体のレタリングにひかれた。後で「日本一の明朝体の描き手」と言われているのを知った。宮本信子氏宛に原稿用紙に書いた漢字とカナ文字の『愛スルノブコ』も良いなあ。
こういう文字を書く(描く)人間の素性はどんなだろうと思う。俳優としての演技、映画監督やエッセイストなど多才な表現者の奥底で光っている魂みたいなものを想像したりする。


画像は波風食堂製造の『燻り柿の種』用の袋用シールのロゴ。用紙の大きさに惑わされノビノビ感が薄い。小筆の先を切って墨汁で 2人の間に気まずいことがあり夫の出した手紙を妻が読んで破り捨てしばらくしてゴミ箱から拾い箱に。それから何十年も経ち夫が亡くなり、忘れていた箱を開け読み直し、糊と和紙で丁寧に補修したのが手紙『愛スルノブコ』。 手描きだったからこそ、と思う。

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『まじめ』を遡って考える

2025年03月26日 | 日記・エッセイ・コラム

(前回「『ふざける』を真面目に考える」から続く)
の人らしさは、生まれながらの性格と生まれついてからの環境で決まる、と思う。風土や人間関係は自覚できても性格は意外に分からない。自分の性格判断はだいたいあてにならない。仕事が本来の性格を隠してしまうのは普通のことだ。家で素の姿を見せているとも限らない。人は時々自分に嘘をつく、そうしなければ辛かったり仕事が滞ったりするから。


しい仲間と面白い話をしたり、絵を描いたり本を読むのが好きで引っ込み思案。それを分かってくれる人がいれば世界はバラ色。知らない人の前で話をしたり、真面目なことを真面目な顔をして話するなど子ども時代には自他ともに考えられない波風立男君だった。老後の波風君は、大人になってからの厚着を一枚一枚脱いできたような感じがする。急いで脱ぎ過ぎて風邪ひかぬようにね。残り何枚目で本当の波風氏が垣間見えるのかなあ。これ、楽しみにしなくては。


事していた時は、その中に遊びを忍ばせた。生活でたまに仕事モードを使った、家建てるとか車買うとか子育てとか。今は暮らし全般で「まじめにふざける」ひとり遊びを探索中。これが難しいことで、教養が邪魔するのでなく教養を不断に身につけないと自己満足が続かないし、「面白さ」感覚は研いでいないとすぐに鈍る。この歳になると、考えるより「感じる」が大事でその判断は深く考える力による。仮寿命79歳に設定し残り6年、それまで「何かやってる」ぐらいの歩き方でふざけ続けたい。


漫才やコントの『芸人』という職名が嫌いなのは、TVでいくら売れていても「それが芸だってか?」としばしば思うから。話芸=金儲け?、芸ってそんなものなの?映画『侍タイムスリーパー』、誰も悪い人が出てこないのは山田洋二監督作品と同じで、安心して笑えて安心して泣ける。時代劇の自主製作作品に驚きつつ、運と支えと偶然の結集と「やればできる」監督と関係者の熱意と迫力に脱帽。これは芸だねこのブログの現在時点の閲覧数が1257、3200686ブログ数中の1193位。通常の10倍。おい、どなたが見続けてくれてるんだ?

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『ふざける』を真面目に考える

2025年03月23日 | 日記・エッセイ・コラム

が立って「ふざけるな!」と言ったことがあるだろうか?あるな、「俺は怒ってるぞ」という確認と気分の良くないこの話題に一旦ケリをつける意味で。対人でなくあくまで呟き(笑)。
だが待てよ、『ふざける』とはどんな意味なのか?ということで辞書を引いた。すると、怒っている相手を初めから許している印象を受けた。強く相手を責める言葉ではないようだ。ウーム、考えてみれば「絶対許さないぞ」と強く否定しても、「絶対ふざけるな」はどこかに信頼がありそうは言わないものなあ。慈悲に満ちた批判だ(笑)

 

どもの時から、面白いことを言って周りを笑わせ自分もいっしょに笑っているのが好きだ。辞書の意味に合致する。大人になってみたら真面目な顔をしていないとマズいと知ったが、隙を見つけてはふざけていた。児童公園のキリンにまたがってはしゃいでいたら、「大人になっても、先生になっても面白いことして良いんだと衝撃を受けた」とそれを見ていた教え子に40年経って言われた。こういう『ふざけた』例は無数にあり身近な人ほど「そういうフザケタ人」で、距離が遠い人ほど「少しエラソウな人」になっているようで実に心外。(次回に続く)


画像の辞書は新明解国語辞典第8版から。第7も同じだった。例により広辞苑は味も素っ気も無かった。中学1年で買った国語辞典は金田一京助監修の三省堂『明解国語辞典』だったな。大学に入るまで使って広辞苑に。大人になった気がした公式裏ブログを「心表現のアナウンス」で本日更新しました。
【ご連絡】
第47回『ほんのおつきあい』(読書交流会)開催のお知らせ
●日時:3月30日(日)14:30~
●場所:波風宅
●会費:200円
●内容:読んだ本の内容と感想を15分をめどに交流。
●「聞くだけ」参加も歓迎
●会場準備の都合あるので参加有無のご連絡を下さい こちらまで→namikazetateo@gmail.com

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この頃のこと

2025年03月20日 | 日記・エッセイ・コラム

誕生日が怖い(汗)。その日が来たら記念に歯医者に行くとママヨさんに口走り、ブログで公言してしまった。「予約して今度通います」と昨年秋に歯医者さんの奥さんに言っていたが、このブログ読んでいるようだし(涙)。それにしても、痛くないのに歯医者に通うというのは初めてであり画期的な勇気ある決意、と自分を慰める波風氏であった。   風邪をひき身体の節々が痛い。老いるというのはこういうのが徐々に増し固定化することかな。36.9℃の微熱で生きる力が削がれる(涙)。粥を作ってもらい病人気分。大谷さんの微妙なHR見届けて布団に沈み込み起きたら快晴の春分の日。   教員生活43年間のうち担任や授業を持ったのが20年間。少ないけれど思い出すのはその時の子どもたちや同僚のことばかり。もっと話を聞いてあげれば良かったとか、違うもの言いもあっただろう、あの心配だった子は今どうしているかなあ。自分の子ども時代の心配な奴も時々浮かぶ。こうした「記憶の理由」、少し探ってみたいな。自分の個性が少し分かるかも知れない。   文字に人柄は表れるものなのだろうか。『文字に美はありや』(文藝春秋社:伊集院静著)を読みながら間違いなく表れるを再確認。「字を書く」でなく「字を描く」波風氏。読んで快い字は書き手も快いのではないかなあ。達筆の友人から、波風氏の字は普通の人の書く字(学校で習う字のこと)と全てが違反、間違いと個性の字と言われた。「私の字を直さないで伸ばしてくれる指導者を教えてください」とその道の人に頼んだら、北海道に独りいましたが亡くなりましたと言われた。


画像は、刻々と表情変化する壁掛け時計。「がっかりした」より「うれしいよ」が嬉しい。「ちょっと言いたいことあるんだけど」とか「しーっ、黙ってて」 などは胸に手を当てる機会 遠くから教え子が来宅し話聞く。人に言えない辛さは誰にでもあり口に出さないだけ、周りが言わないだけをあらためて思う。老いて一番学んだことがこのことかもしれない。

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