ラジオの朗読番組で「かがやく」を聴いたのがきっかけ(*1)で、帚木蓬生という作家を知りました。この番組のもととなった『風花病棟』をたいへんおもしろく読み(*2)、さらに『閉鎖病棟』という別の文庫本も入手しておりました。ただし、病棟ものというと、古くはソルジェニツィン『ガン病棟』のような重苦しさも予想され、多忙な時期にはつい後回しになってしまいます。年度末・年度始めのバタバタがようやく一区切りついた頃に、懸案の『閉鎖病棟』を読みました。
○
物語の始まりは、由紀子という少女が望まぬ妊娠に気づき、中絶をする場面からです。実は、これが後になって大切な伏線だったと気づかされます。
場面は、梶木秀丸の戦後の話に飛びます。傷痍軍人として復員してきた父親はすっかり人が変わってしまっていて、役場の前で首を吊ります。
知的障碍と聴覚障碍を持つ昭八の場合も、不幸なケースです。大物の鯉をつかまえたのは昭八の喜びであり誇りだったのでしょうが、シジミを根こそぎにされたり、甥の水難まで自分のせいにされ冷たくされたのを恨み、納屋に放火したらしい。
チュウさんの名前は塚本中弥。精神科病院に入院中で、新聞社が自分の手紙を盗用しているという妄想があります。婦長から演芸会の芝居の脚本を書いてくれないかと頼まれます。病棟で仲良くなった秀丸さんと昭八ちゃんは、中学生の島崎さんという不登校の少女とも仲良くなります。一年後、島崎さんが中学校を卒業するとき、車椅子の秀丸さんと敬吾さんとチュウさんと、一緒に天満宮にお参りに来よう。島崎さんも少しずつ希望を持ち始めたようです。
で、この穏やかな風景が大事な背景で、ここから物語は少しずつ緊張感が増してきます。とくに、「札付きの強盗殺人者が牢屋の代わりに精神病院に来る」という現実が描かれ、兎小屋に入ってきた狼のような重宗という男の存在が、不気味に大きくなってきます。島崎さんを守るために取ることができた対策は、ごく少なかった。一度死刑を宣告され、刑の執行の際に死に損なった経歴を持つ秀丸さんが、車椅子の上で立ち上がるまでは。
○
なるほど、山本周五郎賞受賞作品らしい、おもしろく優れた作品と感じます。なによりも、精神のバランスがぐらつき、治療を受けて、薬と平穏な生活によって安定をみている多くの患者のような弱い立場にある人たちに対する見方が、温かく、優しい。表題は暗鬱なものを連想させますが、読後感はあたたかい気持ちにさせるものでした。
(*1):ラジオ文芸館「かがやく」を聴く~「電網郊外散歩道」2015年9月
(*2):帚木蓬生『風花病棟』を読む~「電網郊外散歩道」2015年11月
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物語の始まりは、由紀子という少女が望まぬ妊娠に気づき、中絶をする場面からです。実は、これが後になって大切な伏線だったと気づかされます。
場面は、梶木秀丸の戦後の話に飛びます。傷痍軍人として復員してきた父親はすっかり人が変わってしまっていて、役場の前で首を吊ります。
知的障碍と聴覚障碍を持つ昭八の場合も、不幸なケースです。大物の鯉をつかまえたのは昭八の喜びであり誇りだったのでしょうが、シジミを根こそぎにされたり、甥の水難まで自分のせいにされ冷たくされたのを恨み、納屋に放火したらしい。
チュウさんの名前は塚本中弥。精神科病院に入院中で、新聞社が自分の手紙を盗用しているという妄想があります。婦長から演芸会の芝居の脚本を書いてくれないかと頼まれます。病棟で仲良くなった秀丸さんと昭八ちゃんは、中学生の島崎さんという不登校の少女とも仲良くなります。一年後、島崎さんが中学校を卒業するとき、車椅子の秀丸さんと敬吾さんとチュウさんと、一緒に天満宮にお参りに来よう。島崎さんも少しずつ希望を持ち始めたようです。
で、この穏やかな風景が大事な背景で、ここから物語は少しずつ緊張感が増してきます。とくに、「札付きの強盗殺人者が牢屋の代わりに精神病院に来る」という現実が描かれ、兎小屋に入ってきた狼のような重宗という男の存在が、不気味に大きくなってきます。島崎さんを守るために取ることができた対策は、ごく少なかった。一度死刑を宣告され、刑の執行の際に死に損なった経歴を持つ秀丸さんが、車椅子の上で立ち上がるまでは。
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なるほど、山本周五郎賞受賞作品らしい、おもしろく優れた作品と感じます。なによりも、精神のバランスがぐらつき、治療を受けて、薬と平穏な生活によって安定をみている多くの患者のような弱い立場にある人たちに対する見方が、温かく、優しい。表題は暗鬱なものを連想させますが、読後感はあたたかい気持ちにさせるものでした。
(*1):ラジオ文芸館「かがやく」を聴く~「電網郊外散歩道」2015年9月
(*2):帚木蓬生『風花病棟』を読む~「電網郊外散歩道」2015年11月