新聞の訃報欄で、医師である友人の逝去を知りました。奥さんも同窓同学年なので、火葬の前にひと目会いたいと弔問に行きました。ずっと闘病中だったのは承知しており、仲良し同窓会では何度か迎えの車まで付き添ったこともありました。ある程度、いつかはと覚悟していた面もありましたが、古希を迎えてようやく一段落の時期だったのにと惜しまれます。
大学を卒業してから学士入学で医師の道に進んだ彼は、粘り強い頑張り屋でした。ある意味、その性格が災いして健康を損ねていった面もあったのかもしれません。医者の不養生というわけです。でも、それは本人の責任のように聞こえるけれど、違う面もあるのではないのか。医師の友人を何人もなくしていることから、どうしても考えてしまうのです。お医者さんは、とくに若手〜中堅の勤務医時代は、養生する暇がなかったのではなかろうか。若い時代の慢性的な睡眠不足が後年さまざまな病気につながることを思えば、過酷な勤務条件を金銭的な待遇でぼかしているだけではないのかと、どうしても思ってしまうのです。
合掌。
大学を卒業してから学士入学で医師の道に進んだ彼は、粘り強い頑張り屋でした。ある意味、その性格が災いして健康を損ねていった面もあったのかもしれません。医者の不養生というわけです。でも、それは本人の責任のように聞こえるけれど、違う面もあるのではないのか。医師の友人を何人もなくしていることから、どうしても考えてしまうのです。お医者さんは、とくに若手〜中堅の勤務医時代は、養生する暇がなかったのではなかろうか。若い時代の慢性的な睡眠不足が後年さまざまな病気につながることを思えば、過酷な勤務条件を金銭的な待遇でぼかしているだけではないのかと、どうしても思ってしまうのです。
合掌。