電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

埼玉県の下水道崩落事故から考えたこと

2025年02月18日 06時00分07秒 | Weblog
埼玉県八潮市の下水道崩落事故のニュースには驚かされました。あれほどの大きな陥没とは思わず、もっと小規模な部分的な陥没だと思っていただけに、地下に広がる空洞の大規模さは衝撃的でした。陥没に巻き込まれてしまったドライバーのご家族、救出に当たって負傷した方や対応に苦慮しているであろう関係者の方々の心労はいかばかりかと想像しますが、それ以上に事故の原因と影響の広がりに愕然とします。様々な報道を見聞きし、興味を持って関係資料を読んでみると、どうも現代の都市型生活と下水道技術の根幹に関わる問題のように思えてなりません。

報道によれば、下水管内で発生する硫化水素によるコンクリートの腐食が主たる原因だとされているようです。硫化水素? 昔、学生実験で金属イオンの定性分析を習った際に、ドラフト内で試料に硫化水素をブクブク通気し、硫化物の沈殿を生成させてこれをろ過していくことで陽イオンを分離していく、あの有毒ガスです。そんなガスがなぜ下水道管の中で発生するのか。文献(*1)等によれば、

  • 汚水や汚泥内の嫌気的条件下で硫酸イオンが硫酸還元菌により還元されて硫化水素を発生する。( 硫酸イオン+5H2 → H2S + 4H2O + 2e- )
  • 発生した硫化水素は流路で管内に撹拌放出され、管内の酸素により硫酸に変化して( H2S + 2O2 → H2SO4 )下水管壁のコンクリート及び鉄筋部を腐食する。
というプロセスを経て下水管上部等に亀裂を生じ、そこから侵入した地下水や雨水によって周囲の土砂が流されていき、ついに空洞を生じる、ということのようです。

では、汚水や汚泥に硫酸イオンが含まれるのはなぜか。これは、家庭排水中にも含まれる中性洗剤の主成分が SDS (ドデシル硫酸ナトリウム)等を代表とするアルキル硫酸エステル系の界面活性剤を用いているからでしょう。以前、歯磨き習慣と世代の差を記事にした(*2)ことがありますが、このときは舌に辛くない中性の洗剤を成分とする子供用歯磨きの登場が若い世代の歯周病疾患を減少させた(*3)ことを評価したものでした。
また、亀の甲型のベンゼン環を含むアルキルベンゼンスルホン酸塩系の中性洗剤は自然分解されにくいことから消費者運動のやり玉に上げられ、より生態系の中で自然分解を受けやすい直鎖型の中性洗剤に主流が変わってきたという歴史もありました。
ところが、歯磨きだけでなく洗濯用洗剤をはじめとするアルキル硫酸エステル系等の中性洗剤の広い使用が、下水道技術の根幹を揺るがす事態になってきていることになります。

そういえば、公共下水道の普及が都市化の指標の一つであり、かつての合併浄化槽を主体とする田舎のやり方は遅れたスタイルだ、という「常識」がありましたが、あれは実際にはどうなのか。下水の匂いのしないスマートな都市生活は、公共下水道の密閉が前提ですので嫌気的条件を助長し、温暖な都市気候は硫酸還元菌の増殖を助けます。地下の大規模施設となる下水道の点検や修繕は高額な工事費用を要することでしょう。参考(*1)にあげた論文は1988年に発表されていますので、たぶん関係する技術者にはある程度知られていたのだけれど、予算を握る部門からは不要不急の課題として事故発生まで先送りされ続けてきたのではなかろうか。

一方で田舎に多い浄化槽の技術は、簡単に言えばブロワーで酸素を送り込んで好気的条件下でバクテリアを繁殖させ分解する方式ですので、硫化水素の発生は極少なく、しかも発生源で一次処理をして放出する形になります。都市部では地価の問題もあり浄化槽による発生源処理は現実的でない。いきおい、下水道でまとめて処理する方式が採用されることになりましょう。その点からは、硫酸塩を含む排水が下水道に流れ込むことを抑制する施策が必要になるでしょうし、発生源で処理する田舎の浄化槽方式には、災害からの復旧が早いだけでなく、都市部の下水道方式と比べて「よりましな」面があると言えるのかもしれません。




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