講談社文庫で、池井戸潤著『ルーズヴェルト・ゲーム』を読みました。購入してから読み始めるまで、なかなかとりかかれずにいましたが、読み出したら一気でした。
プロローグは、社会人野球の公式戦で、青島製作所の野球部がライバル会社のミツワ電器に惨敗するところから。監督は社長とケンカして主力看板選手二名を引きぬきライバル会社に転出、代わって招聘された新監督はパソコンを駆使してスコアブックを分析、新オーダーを組み立て発表しますが、やはり決め手に欠けています。要するに、エースの不在です。
業績が低迷し、リストラに着手せざるを得ない会社で、お荷物となっている野球部はまさに存亡の危機、チームの選手にとっては雇用の危機でしょう。そんなとき、社内の親睦野球大会が開かれますが、野球部ではない製造部チームの派遣社員のピッチャー沖原がすごい球を投げることがわかります。
実は沖原は、かつて高校野球の名門校で嫌なことがあり、中途で野球を諦めて退部したという経歴があるらしいのです。内緒でスポーツ誌の記者に事情を調べてもらったら、ライバル会社ミツワ電器の野球部のエース如月との因縁が判明します。三年生の如月が二年生のライバル沖原を蹴落とそうとイジメを繰り返し、母子家庭の沖原に母親を侮辱する言葉を浴びせた結果の暴力事件だったとのこと。青島製作所野球部マネージャー古賀は、沖原に試合の観戦チケットを渡し、如月が先発することを告げて、
「過去に目を背けているだけじゃ解決しない」「前に進もうと思ったら、その過去に立ち向かうしかないだろう」
と言葉をかけます。
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このあたりまで来ると、社会人野球の因縁めいた裏話なのかと思ってしまいますが、実はそうではなくて、青島製作所が最後の頼りにしている新型イメージセンサーの開発の事情が、競合するミツワ電器との提携合併ハナシとの対比のなかで描かれていきます。このへんになると、作者お得意の企業小説で、大どんでん返しもちゃんと用意されており、基本的には勧善懲悪の物語となっています。いわば、社会人野球は両者の上澄みというか、象徴のようなものでしょう。
スポーツにはあまり縁がない当方も、野球の面白さはわかりますので、劇的な決勝戦も堪能できましたし、面白さは流石だと思います。
むしろ、味があるのは、開発スケジュールを前倒しにしてほしいという要請に対する技術開発部長の神山の対応です。頑なに開発スケジュールを守ることが品質を守ることにつながるという信念を貫きながら、予定よりもだいぶ早く新型イメージセンサーを開発するとともに、その小型化にも成功するという大逆転。このあたりのドラマは、理系人間には野球以上に興味深いところですが、残念ながらそこは描かれません。残念といえば残念です。