たのしい夢日記

京都奈良寺社巡り・思い出・読んだ本…日々のあれこれを写真と共に。

お墓の道

2007-08-05 21:57:27 | 現実
私が大阪に引っ越してきたのは1995年の8月4日のことだった。

なので一昨日で丸12年、大阪で暮らしていることになる。早いものだ。


北海道から引っ越してきて最初に住んだ家は、今住んでいる所から歩いて15分と離れていない

最寄の駅も一緒だが、現在は駅の東側、以前は北側に住んでいた。
駅から北側に歩き、ちょっと横にそれて細い道をたどっていくと両側にお墓があり、そこを抜けていくと数棟の古びたマンションがあり、その陰の小さなアパートが私たちの新居だった。

夜遅く帰ってくる仕事なので、お墓の間を抜けていく、というのが初めはちょっと嫌な感じがしたが、そのうちに慣れてしまった。
左側は戦没者の墓、右側は近所に住む人たちの家の墓地である。
いつもきれいにしてあり、夜には電気も点く。なぜか戦没者の墓の前に座ってお弁当を食べている人もいたりして
あまり不気味な感じもしなかった。
私たちは「お墓の道」と呼んでいたが、どうも近所の昔からいる人たちもそう呼んでいるらしい。



日本国内では北海道以外の所に住んだ事もなく、初めて遠く離れた場所に住むことになって緊張していたせいか、引越しした当時の事はとてもよく覚えている

伊丹に着いてまず思ったのが

「暑い…

飛行機から空港の建物につながる通路、あの時点で「これは何?」

外に出てシャトルバスに乗る。
「いまもう夜の6時なのにこの気温は何?
北海道なら日が落ちかけて涼しくなる時間帯だと言うのに…

大阪に到着して、これから住む街へと地下鉄に乗った頃にはもう汗だく

翌日は電気製品(冷蔵庫、エアコン、洗濯機)が到着する日。

とりあえず部屋を掃除し、雑巾をかけ…
しかし地獄のように暑いのである

シドニーも暑いときには40度近くなったものだが、極端に湿度が低いので、そこまで感じることはなく、扇風機があれば十分だった。

先に大阪に住み始めていた同居人と電話で新居に買う物の話をしていたとき、
「エアコン??普通の家にエアコンなんて…扇風機で十分でしょ。贅沢じゃない?
な~どと言っていた私が間違っていたのがようくわかった。
雑巾がけが終わった頃にはぐったり床にへたばってしまった
なにしろ冷蔵庫もないので、飲み物を買ってきても冷やせないのだ

電気屋さんが現れ、エアコンを設置してもらった時はまさに天国だった
やはりこれは湿度の違いだろう。北海道でも30度は越えるけれど、ここまでむっとした熱気がこもる感じはしない。

それからひと月あまり、「私はこの気候の中で生きていけるのか?」という日々が続いた。
職探しにスーツを着てでかけ、途中でトイレに入ったらストッキングが汗で上がらなかったのには往生した。

しかしながら、今ではそこまで辛くないのだ。地球温暖化で間違いなくその頃よりは気温が上がっているかと思われるが、やはり体が慣れたのだろう。
汗もそこまでひどくないのは、これはおそらくトシのせいもあり?










コメント (3)
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